「無謀」な夢物語としか聞こえていなかったJ1昇格。高木琢也監督と長崎が歩んだ5年間

2017年12月01日(Fri)11時49分配信

text by 藤原裕久 photo Getty Images
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2017シーズンは、クラブの経営危機や体制の問題が発覚

J1昇格決定後のセレモニーで挨拶をする高木監督
J1昇格決定後のセレモニーで挨拶をする高木監督【写真:Getty Images】

 ようやくトレーニングに打ち込める環境が整った2015シーズンで、長崎は2度目のJ1昇格プレーオフへ進出する。

 戦力的には前年より落ちてはいたものの、原点回帰とも言えるハードワークと堅守を武器に、リーグ6位で2度目のJ1昇格プレーオフ出場を決定。しかし、アビスパ福岡とのJ1昇格プレーオフ準決勝で惜敗し、再びJ1昇格の「野望」を阻まれてしまった。

 2度のJ1昇格プレーオフ準決勝敗退を受け、翌シーズンからチームは、より攻撃的なスタイルへの転換を志向。だが、クラブの人事変更の影響がチームにも及んだこと、九州を襲った熊本地震による日程の変更などもあって、思うようなチーム作りを進めることができずに苦戦。

 エースストライカーとして獲得した永井龍(現名古屋グランパス)が17ゴールをあげる活躍を見せたものの、Jリーグ参入以来最低の15位でシーズンを終了した。

 そして迎えた2017シーズンは、クラブの経営危機や体制の問題が発覚。クラブのJ1昇格という「野望」は、「失望」に埋もれそうになってしまう。

 だが、攻撃サッカーへの転換を継続したチームは選手の努力と体制変更によるクラブ運営の安定化で「失望」を「希望」へと塗り替えることに成功。リーグ2位に入り、結果的に「5年でJ1昇格」という無謀と思えた目標を本当に達成してみせたのである。

「今回J1に昇格したことで、顔見知りも含めてたくさんの人たちから「おめでとう」と言ってもらえた。それは地元ならではという部分はあったと思う。でもプロの世界は、地元だから良いとか許されるというようなものじゃないですからね。だから、地元だからどうこうということはあんまり考えないようにしています」

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