「チームが潰れる経験をするとは…」横浜F、最後の試合で出場停止になった薩川了洋【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。【後編】(取材・文:宇都宮徹壱)

2017年12月29日(Fri)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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鹿島との準決勝で退場した時に涙がこぼれた

現在は監督として奈良クラブの指揮をとる薩川了洋氏
現在は監督として奈良クラブの指揮をとる薩川了洋氏【写真:宇都宮徹壱】

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 天皇杯は3回戦が大塚製薬、4回戦が(ヴァンフォーレ)甲府で、そのあとは磐田と鹿島だよね。その年は磐田も鹿島も強かったけど、まったく負ける気がしなかった。天皇杯で優勝する。その目標を達成するために、みんなの気持ちががっちり噛み合って、勝負強いチームになっていた。

 で、準決勝の鹿島戦(12月27日@長居)。正直、鹿島は「燃える相手」だよね。強いし、ずる賢いし。それがオレにとっての鹿島のイメージ(笑)。

 この試合、エース潰しのオレは、マジーニョのマークについていた。レフェリーが見えないところで、かなりバチバチやっていたの。主審は(レスリー・)モットラムだった。で、前半の30分くらい(編集部註:29分)にマジーニョが退場になったんだよね。

 あいつがオレを押してきた時、オレは顔に手をあてながら倒れた。今だから言うけど、あれは演技。それでこう、指の間から様子を見ていたオレは、レッドカードが出た瞬間に立ち上がって「よっしゃ!」ってカッツポーズしちゃったんだよね(笑)。そしたらイエローカード。迂闊だったよね。

 それから5分もしなかったと思うけど(編集部註:32分)、球際でボールを取りに行く場面があった。向こうは奥野(僚右)だったかな。6:4くらいでこっちだったんだけど、相手がオレの身体に乗っかってきたの。そしたら2枚目のイエローで退場。

「うわー、やってもうた!」って、もう頭の中が真っ白。ピッチを出る時、前田浩二さんが声をかけてくれた。どういう言葉だったか覚えてないけど、自然と涙がこぼれてきて……。

 ここで終わっちゃうのか。みんなよりひと足先に、フリューゲルスでの最後の試合になっちゃったよ。はっきり言って、どちらのカードも必要ではなかった。今にして思えば、浅はかだったよね。

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