川崎Fへ移籍の大久保嘉人と齋藤学、それぞれの決断理由。覚悟と決意が加える新たな力

2018年01月22日(Mon)12時18分配信

text by 藤江直人 photo Naoto Fujie
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中村憲剛の涙には思わず涙腺が緩んだ

 1年で出戻る形となったとき、愛着深い「13番」は空いていた。昨シーズンに背負ったアカデミー育ちのホープ、20歳のMF三好康児が北海道コンサドーレ札幌へ期限付き移籍したからだ。

 それでも大久保は「4番」を選んだ。理由は3つあったと、まるで悪戯小僧のように屈託なく笑う。まずは「13」の十の位と一の位の数字を足せば、要は「1+3」で「4」となる。

 もうひとつは昨シーズン限りで退団し、香港プレミアリーグの東方足球隊へ完全移籍したDF井川祐輔が12年間にわたって背負っていた番号だったこと。同じ1982年生まれで、フロンターレでも苦楽をともにした盟友の思いを引き継ぎたかった。

「井川は年代別の代表から一緒にやっていたし、長年フロンターレに貢献してきたので」

 最後は契約が残るFC東京へオファーを出し、憧憬の思いを移籍という形で実現させてくれた庄司春男GMが、前身の富士通サッカー部時代には選手として「4番」を背負っていたと聞いたからだ。

 つまり、「4番」には感謝の思いが込められている。チームは別々になっても、ホットラインを築いたレジェンドにしてバンディエラ、MF中村憲剛との交流は家族ぐるみで続いていた。

 シーズン中には中村が家族を連れて大久保の自宅を訪れ、食事をしながら楽しいひとときを過ごしたこともある。だからこそ、フロンターレが大逆転でJ1を制し、悲願の初タイトルを獲得した昨年12月2日の最終節は、号泣する中村の姿に涙腺が緩んだ。

「ああなりますよね。オレは試合中だったけど、家へ帰ってきて見たら泣きそうになった。オレの家族も泣いていました。去年はひとつだったけど、今年はすべてのタイトルを取れるように頑張りたいね」

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