原点だった横浜Fの消滅。「本当にクラブがなくなるんだな」。元ホペイロが語る2年間の記憶【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。【後編】(取材・文:宇都宮徹壱)

2018年07月22日(Sun)10時00分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Getty Images,Tetsuichi Utsunomiya
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ユニフォームの右肩に縫い付けたブルーのリボン

山根威信
元横浜フリューゲルスのホペイロである山根威信氏【写真:宇都宮徹壱】

 サポーターや選手が(合併撤回の)署名活動をした時は、僕もいちおう現場に行きました。ただし署名をもらうのではなくて、選手のフォローがメインの仕事でしたね。署名する場所まで車で運んだりとか、署名活動中にコートを持ったりとか。実は僕、全日空スポーツの社員というわけではなくて、選手と同じで1年ごとの契約だったんです。

 ですので、署名活動をしていた時期も、会社側でもサポーター側でもなく、選手の側に立ちたいというのが第一にありました。だからこそ、リーグ戦のあとの天皇杯はできるだけ長く戦ってほしいし、そのためには優勝を目指してほしいって最初から思っていましたね。

 合併が避けられないと思った時ですか? 何となく会社の雰囲気とか選手たちの(移籍先への)動きとか見ていると「難しいのかな」って思うようになりましたね。ホームでの最後の試合、確かアビスパ福岡戦だったと思うんですけど(11月7日)、セレモニーがあってセンターサークルにフリューゲルスのフラッグを刺したんですよね。そのあとに、ゲルト(・エンゲルス)が「誰でもいい、助けてくれ!」って叫んだんですよね。お客さんが帰ったあと、誰もいない三ツ沢で旗を回収したときに「あ、これは本当にクラブがなくなるんだな」って、それまでの不安が確信に変わりました。

 天皇杯の思い出ですか? ブルーのリボンを買ってきて、ユニフォームに縫い付けたことはよく覚えています。サポーターの人たちが、ブルーのリボンを付けて署名活動していたのがきっかけでした。アイデアは前田浩二さんだったかな? あるいはモトさんだったかもしれない。サポーターとの一体感を高めるためだったと思います。あれは天皇杯(3回戦)の大塚FC戦でしたかね。前の日の夜に、ユニフォームの右肩のところに縫い付けましたよ。ベンチ入りする選手の分も含めて、前後半で2枚ずつ。裁縫なんて、ろくにやったことがなかったのに(笑)、よくやれたなって今でも思いますよ。

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