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アジア 6年前

カンボジアの夢と希望と勇気の象徴に。アンコールタイガーFCオーナー・加藤明拓氏インタビュー

text by 玉利剛一

逆境だらけの環境

-カンボジアに興味をもったきっかけを教えてください。

「コンサルティングの他にもう1つ新しい事業の柱となるもの作りたいと考えていました。そうした中で何をするにせよ今後伸びる国でビジネスをするのは大事なことかなと。東南アジアに興味を持ったのは学生時代に旅行した経験もありましたし、社会人になってから久々に現地を再訪した際に成長している国が持つ熱気や熱量を実感してのことです。

 ただ、正直に言って東南アジアでもカンボジアだけは対象外でした。なぜなら、タイが人口7000万人、インドネシアは2.4億人、ベトナムは9000万人で一人当たりのGDPも高い一方で、カンボジアは人口1500万人しかいない。マーケットとしてはかなり厳しいという印象を持っていました」

-しかし、そんなカンボジアのサッカークラブの経営権を継承しましたね。

「最初は買う気はなかったんです。売りに出ているという情報をキャッチしたので財務状況や買収額を知りたかっただけ。しかも、調べてみると次々に酷い情報が出てくる。チケットの売り上げもほとんどない。グッズの売り上げもない。スポンサーも前身の会社代表の個人的なつながりだけ。収入ないじゃんって……。年間の赤字は確実に3500万円程度出る計算でした。明らかに難しい環境だと。

 ただ、我々は将来的にJリーグのクラブを買いたいんです。スポーツクラブのコンサルティングはしたことがあるけど実務経験はない。こんな環境のカンボジアで成功すれば自信もつくし、実務の経験も積める。規模は小さい会社ですけど、社会からの信頼も得られる。もう最後は「3500万円くらい何とかなるだろう!」って勢いですよね。まあ、実際は何ともなっていないんですけど(笑)」

-加藤さんにとってアンコールタイガーでの成功とは何ですか? クラブの公式HPにはクラブのミッションとして「カンボジアの夢と希望と勇気の象徴として、国民の生活に欠かせない心の潤いとなる」とあります。

「以前、カンボジアを訪問した時にまず思ったのはタイやインドネシアなど他の東南アジアと比べるとすごく遅れてしまっているということ。それは言わずもがな独裁者ポル・ポトの影響です。教育も経済も全て壊されて、人口も大虐殺で減った。そうした歴史的背景もあって、カンボジア人は他国には追いつけないという潜在意識があり、諦めやすい性格になっているように感じます。カンボジアの運動会では徒競走で負けそうになると最後まで走らないで途中棄権する子もいるという話も聞いたことがあります。

 そして、カンボジアは貧富の差が大きな国です。田舎に生まれると基本的には農家を営むのですが、教育インフラが脆弱だったり、外の環境を知る機会が少ないため、農家以外の仕事をしてもっと稼いでやろうという発想が湧きにくい。要は這い上がりにくい雰囲気の社会になってしまっている。

 そうした国民の感情にサッカーを通じてポジティブな影響を与えたい。アンコールタイガーが他の東南アジアのクラブに勝っている姿に自己投影してもらいたい。カンボジア人の前に向かう気持ちを象徴するクラブになるというのが成功のひとつですね」

-そうした加藤さんの想いを体現する活動が、1口3000円の寄付につき1個のサッカーボールをカンボジアの子供にプレゼントする「1 Child 1 Ball Project」ですね。

「バッタンバンという町を訪れた時、現地の子供とサッカーをしたんです。仲良くなって、子供から「お兄ちゃん、家来てよ」と誘われたので、家の場所を聞く「ストリート」って言うんですよ。なんて言葉を返していいのか分からなかったですね。気持ちを振り絞って何か欲しいものがあるか聞いたら「サッカーボール」って。

 その時の記憶があったので、カンボジアでクラブ経営をするチャンスをもらえた今、この地域貢献を行おうと思いました。サッカーボールは現地では2000円くらいで売っているんですが、農家の収入が6000円くらい。高くて買えないですよ。だから、サッカー選手になりたいと思ってもボールを使った練習が出来ない。

 嬉しかったのはこのプロジェクトでボールのプレゼントをもらった子の将来の夢が「掃除をする人」から「アンコールタイガーの選手」に変わったという話を聞いたときですね。今は選手達と孤児院や田舎を回って年間5000個のボールをプレゼントしています」

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