02年、中村俊輔。世界最高級のFKが残した爪痕。稀代のトップ下が批判から称賛に変わるまで【セリエA日本人選手の記憶(4)】

日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良や中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第4回はMF中村俊輔。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

2019年05月16日(Thu)10時20分配信

シリーズ:セリエA日本人選手の記憶
text by 神尾光臣 photo Getty Images
Tags: , , , , ,

今なおイタリアで記憶されるFK

190515_1_getty
中村俊輔【写真:Getty Images】

「昔、友達と一緒にサッカーをした時、左足のフリーキックでゴールを決める友達の一人が“ナカムラ”って言ったんだよ。凄くフリーキックの上手い選手なんだよね。それから試合でFKでゴールを決めるたびに、『ナカムラ、ナカムラ』と声がするようになった」

 2017年、セリエA公式ユーチューブチャンネルのインタビューで、アタランタのMFヨシップ・イリチッチが中村俊輔のFKについて語っていた。彼自身も、左足のプレースキックを得意とする攻撃的MF。蹴り方を参考にしていたのだという。

 2002年から3シーズンに渡ってレッジーナに所属し、セリエAを戦った。プレースキッカーを任され、PKやFKなどで得点を重ねて移籍初年で7ゴール。とりわけ第31節、ホームのローマ戦での1点は左寄りの位置から左足でゴール右上隅を捉えた非常に高度なものだった。

 そのプレースキックの正確さは今もなお、イタリアのファンの記憶に残っている。中田英寿、名波浩に続き3人目のミッドフィルダーとしてやってきたレフティーは、この国で確かに爪痕を残していたのだ。

 一方で中村俊は、自らのプレースタイルをセリエAの現実に噛み合わせていくことについて苦労を強いられた選手でもあった。

 周知の通り、彼はプレースキックだけの選手ではない。左足の卓越した技術を駆使し、ボールを支配下に置きながら、長短の正確なパスを駆使して試合の流れをコントロールする。ボールを相手に譲らないことで、攻撃のチャンスを増やし守備のリスクを減らす。

 トップ下の位置を拠点に多くボールに触って、チームのボールポゼッションを演出しつつチャンスを創出することを真骨頂とする。

1 2 3 4

新着記事

↑top