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香川真司、記者席を立つほど昂った劇的ゴール。「魅力的で充実していた」15/16シーズン、ドルトムントで放った輝き【私が見た平成の名勝負(11)】

各ライターの強く印象に残る名勝負をそれぞれ綴ってもらう連載の第11回は、平成27(2015)年12月5日に行われたブンデスリーガ15/16シーズンの第15節・ヴォルフスブルク対ボルシア・ドルトムント。香川真司が決めた劇的なゴールは、期限付き移籍で加入したベシクタシュでのゴールと重なるものがあった。(取材・文:本田千尋)

シリーズ:私が見た平成の名勝負 text by 本田千尋 photo by Getty Images

香川真司の劇的ゴールに覚えた“既視感”

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コンヤスポル戦のアディショナルタイムに逆転弾を決めた香川真司【写真:Getty Images】

 どこかで観たような気がした。3月にイスタンブールで目にした1つのゴール。トルコ1部スュペル・リグの第25節、ベシクタシュ対コンヤスポル戦。後半のアディショナルタイムに、香川真司が逆転弾を決めた時――。

 ボーダフォン・パークを爆発的な歓喜が包む。刹那の出来事に、私は呆気に取られていた。近くに座っていたトルコ人の男性記者は、立ち上がり、握手を求めてきた。中年のトルコ人記者は、驚愕の表情を浮かべている。私は、長い年月の中でくたびれ果てた様子の手を握り返しながら、“既視感”に襲われていた。頭の中をよぎる3つのキーワードは“香川”、“後半のアディショナルタイム”、“逆転弾”――。

 ドローに終わることが濃厚のゲーム展開で、23番を背負う日本人MFが手繰り寄せた貴重な勝利。トルコ人の度肝を抜くほどに劇的だったが、私にとっては、初めてのことではなかった。およそ3年前にも、似たような場面があったのだ。

 2015年12月5日――。年の瀬が迫っていた。ブンデスリーガ15/16シーズンの第15節。ヴォルフスブルク対ボルシア・ドルトムントのカードは、20時30分のキックオフだった。22時頃まで明るい夏が嘘だったかのように、ドイツの冬は陽が暮れて早い。試合が始まる頃には、緑を基調とするフォルクスワーゲン・アレーナだけが煌々と輝き、辺りは深い闇に覆われていた。

 前半のマルコ・ロイスのゴールでドルトムントが1点をリードして迎えた89分。ウカシュ・ピシュチェクがアンドレ・シュールレを倒してPKを献上。これをリカルド・ロドリゲスに決められ、土壇場で同点に追い付かれてしまう。

 だが、勝負はここからだった。後半のアディショナルタイムの3分。ペナルティエリアの手前で、香川が右にいるピシュチェクに柔らかいパス。そのまま背番号23はスルスルとゴール前に入っていく。PKを与えてしまったポーランド代表SBは、ファーにいるヘンリク・ムヒタリヤンにダイレクトでクロスを送る。このボールを、アルメニア代表MFもダイレクトでゴール前に折り返す。すると、そこには香川がいた——。

トゥヘルによって輝きを取り戻したドルトムント

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香川真司(前列右)、ヘンリク・ムヒタリヤン(前列右から2番目)、マルコ・ロイス(後列左から3番目)、ピエール=エメリク・オーバメヤン(後列右)からなる攻撃陣は「ファンタスティック4」と呼ばれた【写真:Getty Images】

 15/16シーズン、現在パリ・サンジェルマンを率いるトーマス・トゥヘルを監督に招聘し、ドルトムントは巻き返しを図っていた。

 その前年の14/15シーズン、ドルトムントは散々だった。ロベルト・レバンドフスキがバイエルン・ミュンヘンに移籍。主軸だったセンターFWを失ったドルトムントは、迷走を極めた。怪我人も続出し、一時は最下位にまで転落。12/13シーズンにはチャンピオンズリーグの決勝に進出したチームが、真っ暗な穴の底でもがき苦しむ様子は、リアルタイムで地獄絵図が描かれていくようだった。

 マンチェスター・ユナイテッドから2季ぶりに復帰していた香川真司も、かつてブンデスリーガを2連覇した頃の輝きからは程遠かった。

 最終的に7位で終えることができたが、当時の指揮官ユルゲン・クロップは退任。現在はリバプールを率いる情熱の塊のようなドイツ人監督は、4月の時点で退任を表明した。そこで再建を託されたのが、マインツで実績を残して名を上げたトゥヘルだったのである。

 ペップ・グアルディオラに強い影響を受けたという青年監督が展開するサッカーは、対戦相手を軒並み破壊し続けた。香川、ムヒタリヤン、ロイス、そしてピエール=エメリク・オーバメヤンの4人が担う攻撃陣は、ドイツメディアによって“ファンタスティック4”とも称され、毎試合のように3点、4点、時に5点を奪っていく。そのダイナミズムと連動性は“電光石火”と呼ぶに相応しく、何よりエンターテイメント性が抜群だった。

 前年には惨劇を目の当たりにしたジグナル・イドゥナ・パルクも、すっかり生気を取り戻した。まるで焼け野原に色とりどりの花が咲いたようだった。9月に行われた第6節、アウェイでホッフェンハイムと引き分けるまで、ドルトムントは公式戦で11連勝を記録したのである。

「すごく魅力的で充実している」

 ボルシア・メンヒェングラッドバッハとの開幕戦を4-0の大勝で飾った後で、香川は、次のようなコメントを残している。

「本当にみんなが今、新しい環境の中ですごくポジティブに前向きに新しいサッカーを新しい監督の下でやれているので、初心に帰るじゃないですけど、すごく楽しんでやれているんじゃないかな、と思います」

 香川の言葉からは、トゥヘル監督によってドルトムントが勢いを取り戻したことが伝わってくる。そしてその「ポジティブ」な流れの中で、背番号23の日本人MFも輝きを取り戻していた。

 プレシーズンは立場が不透明だったが、開幕戦でスタメンに抜擢されると、インサイドハーフのポジションで主軸に定着。新進気鋭の指揮官と良好な関係を築き上げた。トゥヘル監督との信頼関係について、香川は、10月のアウクスブルク戦の後で次のように語っている。

「戦術に関しても、すごくわかりやすく伝えてくれるし、本当に監督もすごく信頼してくれているのは感じるので、しっかりと僕も毎試合結果で残していきたいと思っています。やっているサッカーもすごく魅力的で充実しているので、練習から凄くいい形で入れていますし、本当にもっと向上していきたいと思っています」

「気持ちは凄く昂った」

 11月に行われた第12節、シャルケとのダービーでは、本人も「なかなか記憶にない」と語るヘディングで先制弾を叩き込むなど、この頃の香川が乗りに乗っていたことは間違いない。件のヴォルフスブルク戦を迎える12月に入るまで、公式戦で7ゴール8アシストの数字を残していた。「すごく魅力的で充実している」ドルトムントのサッカーの中で、香川もまた「すごく魅力的で充実している」状態だったのだ。

 だからこそ、ヴォルフスブルク戦の後半のアディショナルタイムに、劇的な逆転弾が生まれたと言えるだろう。試合の終了間際にロドリゲスに同点となるPKを沈められても、香川のメンタルが揺らぐことはなかった。当時の試合後、次のようなコメントを残している。

「僕は途中出場もあったし、『ここで何かしなきゃいけない』っていう、そういう気持ちはあったので、楽観視、と言ったら変ですけど、あまり悲観的にはなっていなかったので、だから『最後あるぞ』と思っていました」

 ムヒタリヤンのダイレクトでの折り返しを、香川もダイレクトで決め切った。ドルトムントの勝利を、自身の左足でもぎ取ったのである。背番号23は、次のように振り返った。

「やっぱり劇的過ぎるので、気持ちは凄く昂ったし、感情を露わにしたというか、まあでも、本当にみんなのゴールですし、サポーターも応援してくれましたけど、みんなの力で取ったゴールだと思うし、それは、本当にみんなで分かち合いたいです」

香川真司なら、これぐらいはやるだろう

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後半アディショナルに香川真司は決勝ゴールを決めた【写真:Getty Images】

 それから、およそ3年後——。

 ボーダフォン・パークを宗教的な歓喜が包み込む。左サイドの高い位置で、アドリアーノとの連動でボールを奪い、1人で持ち込み、今度も左足で「劇的過ぎる」ゴールを決めた。コーナフラッグの方向に向かって走りながら、「感情を露わにした」。“香川”、“後半のアディショナルタイム”、“逆転弾”――。かつて真冬の暗闇の中に浮かぶヴォルフスブルクで見た光景が、私の目の前に広がっていた。

 ただ、既に見たことがあったからか、私は、香川がコンヤスポルを相手に決めた「劇的過ぎる」ゴールを、割とすんなり受け入れることができた。初老のトルコ人記者ほどには驚かなかったし、感情が揺さぶられることもなかった。香川真司という選手であれば、これぐらいはやるだろう……。刹那の出来事に呆気に取られながらも、そのようなことを思ったのである。

 だが、もちろん最初に見た時は違った。香川がヴォルフスブルクを相手に「劇的過ぎる」ゴールを決めた時、瞬間的に「気持ちは凄く昂った」。フォルクスワーゲン・アレーナの簡素な記者席で、私は、思わず「おお」と口にして、席を立ってしまった。無意識の内に心が揺さぶられていた。

 現場で香川真司のゴールを見て、席を立つほど体が反応してしまった……。そんな体験は今のところ、2015年12月5日に行われたブンデスリーガ15/16シーズンの第15節、対ヴォルフスブルク戦のみに留まっている。

 だからこそ、目を閉じれば、当時の冬の闇夜に煌々と輝くフォルクスワーゲン・アレーナを蘇らせることができるのだが、そんな記憶をあっさりと上塗りする次の「劇的過ぎる」ゴールに、いつ、どこで出会えるのか。“既視感”を吹き飛ばす興奮が、待ち遠しい。

(取材・文:本田千尋)

【了】

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