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Jリーグ 5年前

鹿島、メルカリへの身売りに至った3つの背景。子会社化に見る新たな潮流、さらなる成長戦略とは?

鹿島アントラーズがフリーマーケットアプリ大手の株式会社メルカリの完全子会社となることが7月30日に発表された。同日に行われた会見で株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー庄野洋代表取締役社長は「変わるべきものはしっかりと変えていかなければならない」と話している。鹿島の経営権譲渡に至った裏側では、Jリーグを取り巻く環境の変化や、日本製鉄という企業の性格が影響している。(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人 photo by Getty Images

DAZNマネーによって状況が一変

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(左から)津加宏・日本製鉄株式会社執行役員、鹿島の庄野洋社長、小泉文明・株式会社メルカリ取締役社長兼COO【写真:メルカリ】

 鹿島アントラーズの強化の最高責任者を実に1996年から務め、常勝軍団へと育て上げた鈴木満常務取締役強化部長が、表情を引き締めながらこんな言葉を残したことがある。

「次のシーズンで優勝すれば理念強化配分金が入ってくるし、そうなればまた投資というものが可能になり、いいサイクルが生まれていく。勝ち組と負け組がはっきりと分かれてくる意味で、今シーズン以上に来シーズンが大事になると思っている」

 年間勝ち点3位からの下克上で2016Jリーグチャンピオンシップを制覇。開催国代表として出場したFIFAクラブワールドカップで準優勝の快挙を達成し、シーズンの締めくくりとなった天皇杯でも頂点に立った2017年の元日。延長戦の末に川崎フロンターレを下した決勝戦の舞台になった、市立吹田サッカースタジアムで鈴木常務取締役がにじませたのは、喜び以上に未来への危機感だった。

 ライブストリーミングサービスのDAZN(ダ・ゾーン)を提供する、動画配信大手のパフォーム・グループと締結した、10年総額2100億円にのぼる巨額な放映権料契約がスタートした2017シーズン。鈴木常務取締役の言葉に象徴されるように、Jリーグを取り巻く環境が一変した。

 放映権料を原資とする理念強化配分金が上位チームを対象に新設され、たとえばJ1を制覇したチームには翌年からの3年間で合計15億5000万円が支給される。優勝するか否かでお金をもつチームともたざるチーム、要は勝ち組と負け組という明確なラインが引かれることになる。

日本製鉄と鹿島のスピード感の違い

 J1で頂点を狙うためには、必然的に補強面で先行投資が必要になってくる。しかし、鉄鋼業界最大手の日本製鉄株式会社(本社・東京都千代田区)およびその子会社を筆頭株主としていたアントラーズの場合は、投資におけるスピード感という面で大きな問題が生じてきた。

 アントラーズを運営する、株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー(本社・茨城県鹿嶋市)の庄野洋代表取締役社長がこう言う。

「鉄鋼業界は安定していると言っても、たとえば投資となると鉄鋼業界のルールのなかで、となる。金額が1億円を超えたら本社決済が必要となるとか、そんな(悠長な)ことを言っていたら、その間に(他のチームは)みんな三歩先に行ってしまう」

 7月23日に出そろった2018年度決算で、アントラーズの営業収益はクラブ史上で最高額となる73億3000万円を計上。4億2600万円の当期純利益、21億6600万円の純資産はともにJ1で2番目に多いことから見ても、鹿島アントラーズ・エフ・シーの経営は極めて良好な状態にあった。

 それでも、実質的な身売りを介して、フリーマーケットアプリ大手の株式会社メルカリ(本社・東京都港区)の完全子会社となった。日本サッカー界を驚かせた、7月30日に電撃発表された株式譲渡の背景を探っていくと、Jリーグ初の100億円到達を視野に入れながら営業収益をさらに増やし、Jリーグからアジア、そして世界へ打って出ていく成長戦略に行き着く。

鹿島の誕生と変遷

 アントラーズのルーツは、終戦直後の1947年に創部された住友金属蹴球同好会となる。1956年に住友金属工業蹴球団へ改称され、1973年にJリーグの前身である日本サッカーリーグの2部へ昇格。2年後には本拠地を大阪市から、鹿島製鉄所のある茨城県鹿島町へ移転した。

 時代が平成に入り、日本サッカー界に訪れたプロ化のうねりのなかで、住友金属工業蹴球団は元ブラジル代表の神様ジーコを現役復帰させ、日本サッカー界で初めてとなる屋根付きの専用スタジアム、県立カシマサッカースタジアムを建設。99.9999%不可能と言い放たれた苦境からJリーグのオリジナル10に滑り込み、名称も鹿島アントラーズに変えた。

 2000年に達成した史上初の国内三大タイトル制覇や、2007シーズンから達成した前人未踏のリーグ戦3連覇を含めて、Jリーグの歴史に記されてきた栄光の跡はあらためて説明するまでもないだろう。一方で筆頭株主となる親会社は2012年10月、住友金属工業が業界最大手の新日本製鐵(現・日本製鉄)と合併したことで大きなターニングポイントを迎える。

 かつては社会人野球やラグビーの新日鉄釜石を所有するなど、新日本製鐵はアマチュアスポーツを積極的に後押ししてきた。しかし、住友金属工業と合併した時期は長引く鉄鋼不況のあおりを受けるかたちで、経営の合理化が進められた真っ只中にあった。

「変わるべきものは変えていかなければならない」の真意

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鹿島アントラーズの庄野洋社長【写真:メルカリ】

 経営権の譲渡がJリーグ理事会で承認されたことを受けて、東京・文京区のJFAハウスで7月30日に行われた緊急記者会見。メルカリの小泉文明取締役社長兼COO、鹿島アントラーズ・エフ・シーの庄野社長とともにひな壇に座った、日本製鉄の津加宏執行役員の言葉を振り返れば、住友金属工業との合併以来、アントラーズの経営権を譲渡するタイミングを探ってきた跡がうかがえる。

「プロのサッカーと、我々のような素材産業である鉄鋼業が社員の活性化を含めて、地域の方々と一緒にやるアマチュアスポーツは性格を異にしていると思ってきました。プロサッカーはあくまでもビジネスとして、あくまでも収益をどうしていくか、ということを第一に考えなければいけない。

 Jリーグを取り巻く環境が、これまでの共存から競争の時代へ劇的に変わったなかで、将来にわたって世界と戦えるチームにするためにも、アントラーズの企業価値をさらに高めていくことは至上命題でした。その意味では素材産業である当社よりも、ファン層の拡大な売上高を伸ばす事業に精通している新しいパートナーを迎え入れて、新たな事業展開を図って行くことが得策だと判断しました」

 一方で庄野社長が住友金属工業の出身であることを踏まえれば、鹿島アントラーズ・エフ・シーとしても組織経営にスピード感をもった、新たな親会社を水面下で探し続けていたはずだ。実際、記者会見で庄野社長はこう語っている。

「私たちはこの26年間、比較的成功してきましたが、ビッグクラブとなるためにさらなる発展を求めていくときに、クラブとして受け継がれてきた伝統やフィロソフィーはしっかりと継承しながら、変わるべきものはしっかりと変えていかなければならない。そういうなかでメルカリさんの血が新しく入ることによって、クラブの持続的成長へ非常にプラスに働いてくるものだと確信しています」

日本サッカーに訪れる新たな潮流

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Jリーグの村井満チェアマン【写真:Getty Images】

 Jリーグの村井満チェアマンはあくまでも一般論として、日本サッカー界に訪れている新たな潮流をこんな言葉で表現している。

「ある意味で日本製鉄様はB to B(企業間取引)の会社ですが、直接のコンシューマーとの接点をもっているB to C(企業対消費者取引)の会社も今後、クラブの成長にとって非常に貴重なものになる可能性があると思っています。B to Cという手法がインターネットテクノロジーを介したものであることも、クラブの成長にとっては大きな要素だと思っています」

 ヴィッセル神戸の親会社となる楽天株式会社、湘南ベルマーレを傘下に収めたRIZAPグループ株式会社、FC町田ゼルビアを完全子会社とした株式会社サイバーエージェントもB to C企業の代表格となる。そして、フリマアプリやモバイルペイメントを事業の柱とするメルカリもまた、創業からわずか6年半で急成長を遂げた典型的なB to C企業となる。村井チェアマンが続ける。

「新興企業に続々とご縁をいただくようになったことで、サッカーも投資の対象になってきている、と実感しています。もっとも、いわゆる転売して売却価値を上げていく投資対象というよりは、ともにJリーグの理念に共感共鳴していただき、育てていただく投資の対象であると認識しているので、その意味ではウィンウィンの関係が築けていけるリーグになりつつあると思っています」

 メルカリはホームタウンを茨城県鹿嶋市、神栖市、潮来市、行方市、鉾田市で、ホームスタジアムを県立カシマサッカースタジアムと現状を維持することを了承。アントラーズが取り組んできた、さまざまな地域貢献活動も継続することで、鹿島アントラーズ・エフ・シーの発行済み株式の61.6%を約16億円で取得することが承認された。

「2社間の守秘義務協定があるので言えませんけど、そういう類のものはあると聞いています」

 今回の経営権譲渡に関して、関係者は日本製鉄とメルカリとの間で、メルカリが取得した株式の「転売禁止」が確認されていると示唆している。

 Jリーグの歴史を振り返れば、オリジナル10に名前を連ねたクラブの親会社は重厚長大型産業や、それに近い自動車産業が中心だった。21世紀に入って久しいなかで、重厚長大型産業とは対極の位置にある企業が続々とJリーグへ参入してきた。ライバル勢の追随をまったく許さない、国内外で通算20個ものタイトルを獲得してきた常勝軍団の身売りとともに、新たな潮流はより鮮明になった。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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