長谷部誠が言う「日本人のブームは過ぎた」。もう日本人選手はドイツ移籍できないのか?

かつて、日本人選手の欧州挑戦の場として隆盛を誇ったドイツ・ブンデスリーガ。しかし、今夏の移籍市場でドイツへ渡った選手はゼロ。一部ではブンデスクラブは日本市場に目を向けなくなったと言われている。その現状について、フランクフルトの長谷部誠は「ブームは過ぎたと思う」と語ったが…。(取材・文:本田千尋)

2019年08月05日(Mon)10時35分配信

text by 本田千尋 photo Getty Images
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現状、噂の1つもない“空白地帯”

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2008年1月にドイツへと渡った長谷部誠【写真:Getty Images】

今年の夏も、多くの日本人選手がヨーロッパのクラブに移籍している。5月にU-20ワールドカップを戦った菅原由勢(名古屋→AZ)、中村敬斗(G大阪→トゥエンテ)はオランダに挑戦。6月にコパ・アメリカを戦った久保建英(FC東京→レアル・マドリー)、安部裕葵(鹿島→バルセロナ)はスペインに、前田大然(松本山雅→マリティモ)と安西幸輝(鹿島→ポルティモネンセ)はポルトガルに渡った。

近年日本人選手が急増しているベルギーには、鈴木優磨(鹿島→シント=トロイデン)、シュミット・ダニエル(仙台→シント=トロイデン)、天野純(横浜FM→ロケレン)、小池龍太(柏→ロケレン)といった選手たちが渡った。最近では、北川航也(清水→ラピド・ウィーン)のオーストリア移籍が発表されている。

また、こういった日本→ヨーロッパという流れだけでなく、欧州域内での日本人選手の移籍も目立っている。冨安健洋(シント=トロイデン→ボローニャ)、柴崎岳(ヘタフェ→デポルティボ)、岡崎慎司(レスター→マラガ)、浅野拓磨(アーセナル→パルチザン)といった選手たちだ。例外的なケースでは、中島翔哉(アル・ドゥハイル→ポルト)のように中東から欧州に戻った選手もいる。

このように日本人選手の欧州各国クラブへの移動が活気を呈している中で、ドイツのクラブへの移籍数はゼロという現状だ。“空白地帯”が生まれている。もちろんドイツの夏の移籍市場は9月2日まで開いており、まだこれから誰か日本人選手がブンデスリーガのクラブに移籍する可能性も残されている。だが、“噂”の1つもメディアに現れないことを考えると、その可能性は低いと言わざるを得ない。

2010年代には当たり前のようだった日本人選手のドイツのクラブへの移籍は、なぜ、パタリと止まってしまったのだろうか。シンプルにブンデスリーガのレベルがこの10年間で上がり、その中で戦える日本人選手が減ってきた、ということなのだろうか。

“生き字引”は何を思う? 長谷部誠に直撃

そこで8月1日に行われたヨーロッパリーグ予選、対フローラ・タリン戦の試合後、日本人選手のドイツ移籍の現況について、長谷部誠に少し訊いてみた。08年1月にVfLヴォルフスブルクに加入してから、ブンデスリーガでプレーし続けて12季目に突入した長谷部。日本人選手の盛衰を目にしてきた“生き字引”は、次のように述べた。

「色々な要素はあると思いますけど、一時期シンジ(香川真司)とか、うっちー(内田篤人)とか、オカ(岡崎慎司)とか、ああいう選手たちが作ってきた流れがちょっと止まったな、という感覚はありますね」

長谷部が言うように、10年代のブンデスリーガにおける「日本人のブーム」を巻き起こした選手は、香川真司であることに異論はないだろう。

10年の夏にセレッソ大阪からボルシア・ドルトムントに移籍した香川は、足元の技術と敏捷性に裏打ちされた決定力を発揮。紛れもない中心選手として、ドルトムントのブンデスリーガ2連覇に貢献した。それから“第2のカガワを探せ”と言わんばかりに、ドイツのクラブの目は日本の市場に向けられることになった。

それまでも2000年代には、高原直泰や稲本潤一といった選手がブンデスリーガでプレーしたが、香川のブレイクがきっかけで、日本人選手に対するドイツのクラブのスカウティングの目が強まったと言えるだろう。

また、同じタイミングで鹿島アントラーズからシャルケに移籍した内田篤人は、間もなくレギュラーに定着すると、加入1年目からチームのCLベスト4進出に貢献。気の利いたプレーのできるサイドバックとして、“ケーニヒスブラオ”の不動の右SBとなった。

翌11年の冬には、清水エスパルスからVfBシュトゥットガルトに岡崎慎司が移籍。高い献身性と豊富な運動量を元にチームの戦いに貢献した岡崎は、13年に1.FSVマインツに移籍すると、今度はワントップにポジションを移して高い決定力を発揮した。

フィット出来ずに帰国を余儀なくされた選手たちも

こうして、主に長谷部が名を挙げた3人のサムライたちによって、ドイツにおける“日本人ブランド”が確立されて行ったと言える。足元の技術、敏捷性、献身性、ハードワークを厭わない姿勢、規律を守る姿勢、戦術理解力、さらには根性…こうした日本人選手の持つ特徴は、ブンデスリーガを戦う上で武器となった。

それから槙野智章、細貝萌、酒井高徳、乾貴士、宇佐美貴史、大津祐樹、酒井宏樹、清武弘嗣、大前元紀…といった選手たちが後に続くことになる。

長谷部が続ける。

「あそこで日本人が結構来たけど、そこでなかなかブンデスでフィットしなくて、今はちょっと本当に何人いるのか分からないですけど、ちょっと寂しい感じはしますけど、その分、他の国にも散らばっているかな、というのも正直ありますし。若い選手がトップリーグの一個下のところで、まずはそこからやろうとしているのもあるだろうし、時代の流れというのもあるし。これからなんじゃないですかね」

長谷部が言及するように、香川のブレイクがきっかけで多くの日本人選手がドイツに渡ったが、全ての選手が「ブンデスでフィット」出来たわけではなかった。前述の3選手のようにレギュラーを確保する選手、そこからさらに香川(ドルトムント→マンチェスター・ユナイテッド)、岡崎(マインツ→レスター)、乾(アイントラハト・フランクフルト→エイバル)や酒井宏樹(ハノーファー →マルセイユ)のように他国にステップアップする選手たちがいれば、「フィット」出来ずに帰国を余儀なくされた選手たちもいる。

結局、“香川以後”に「日本人が結構来た」が、そのムーブメントの中で、例えばロシア・ワールドカップがあった18年まで生き残り続けたのは、他国にステップアップした者を除けば、香川(14年にマンチェスターからドルトムントに復帰)、大迫勇也、武藤嘉紀、酒井高徳、原口元気といった特定の選手たちだった。逆に考えると、日本代表クラスの選手でないと、ブンデスリーガでコンスタントに出場機会を得ることは難しいのかもしれない。

現状わずか3名。淘汰される選手たち

そしてロシア・ワールカップが終わった直後の18/19シーズンでは、7人の日本人選手がブンデスリーガでプレーしたが、コンスタントに活躍したのは、長谷部と大迫の2選手だった。

香川はルシアン・ファブレ新監督の下で構想外となり、宇佐美はフォルトゥナ・デュッセルドルフでレギュラーに定着できず、原口と浅野拓磨は2部に降格したハノーファーで力を発揮できなかった。久保裕也は、ベルギーで結果を出してニュルンベルクに期限付き移籍を果たしたが、力及ばず得点数は1に止まり、チームは2部に降格。久保はKAAヘントにレンタルバックとなった。

そして19/20シーズンが始まろうとしている今、ブンデスリーガのクラブに所属する日本人選手は長谷部と大迫、そして鎌田大地の3名となっている。

長谷部は「日本人のブームは過ぎたと思います」と言う。

「これからは実力がある選手が残っていくと思うし、そういう選手が出ないと(ブンデスに)来ることはできないと思うし。その辺はそういうブーム、日本人のブームは過ぎたと思いますね」

「ブーム」は終わったのだ。2020年代に差し掛かろうとする今、ドイツで「日本人」という肩書きだけで日本人選手が注目されることはなくなった。「日本人」でも「実力がある選手が残っていく」時代になった。

もっとも、前述のとおりブンデスリーガで特定の日本人選手だけが生き残ってきたことを踏まえれば、“淘汰”は知らず知らずのうちに行われており、今夏のドイツの移籍市場で「日本人のブーム」の終わりが明るみになった、とも言えるかもしれない。

新たなモデルケースの誕生も?

「時代の流れ」で、これまで日本人選手の強みとされてきた特徴が、ブンデスリーガに所属する他国籍の選手も当たり前のように持つようになったことも、「ブーム」の終わりに関係しているだろう。

例えば、献身性やハードワークは、どのチームのどんな選手にも当然のように求められるようになった。守備戦術を度外視した自由を与えられる選手は、ドイツには1人もいない。極端な例えになるが、まだロッベンもリベリーも健在で、今季のチャンピオンズリーグの準決勝で“ロベリー”が守備にハードワークを惜しまない姿勢を見せたとしても、もはや誰も驚かないだろう。

足元の技術が高い選手は、ケレム・デミルバイ、レオン・ゴレツカ、ユリアン・ブラントやカイ・ハベルツのように、ドイツ人選手の中にも育ってきた。今夏、RBライプツィヒがパリSGから獲得したクリストファー・ヌクンクのように、他のヨーロッパ諸国から技術系の選手を見つけ出すこともできる。敏捷性のある選手も然りだ。

このように10年代に日本人選手が持っているとされた強みは、今ではドイツにおいて普遍的なものとなっているのである。

それではブンデスリーガの日本人選手に対する門戸は、閉ざされてしまったのだろうか。

長谷部は言う。

「そういうステップの踏み方も、もちろん良いんじゃないかなと思いますね」

ここで長谷部が言及する「そういうステップの踏み方」とは、鎌田のケースだ。17年の夏にサガン鳥栖から完全移籍でフランクフルトに加入した鎌田だったが、初年度は序盤を過ぎると出場機会に恵まれず、18/19シーズンはベルギー1部のシント=トロイデンにレンタルで放出されることになる。

だが、ベルギーの地で公式戦36試合出場16ゴール9アシストの結果を残して戻ってくると、周囲の評価を改めて勝ち得る。アディ・ヒュッター監督に認められ、ひとまずフランクフルトの一員として19/20シーズンを戦うことになった。

“空白地帯”を経て新たなブームが起こるか

そもそもブンデスリーガには、近隣国→ドイツ→イングランドといった移籍の流れがある。既に香川や岡崎、武藤らがその流れに乗ったように、プレミアリーグなど欧州のトップを目指す野心のある若い選手にとって、ブンデスリーガは中継地点となっているのだ。今夏で言うと、ルカ・ヨビッチ、セバスチャン・アレア、ジョエリントンあたりがその流れに乗ってステップアップしたと言えるだろう。

ヨビッチは、17年7月にベンフィカからフランクフルトにレンタルで加入。18/19シーズンに本格的にブレイクすると、今夏、レアル・マドリーに飛躍した。同じく17年7月、アレアはオランダのFCユトレヒトからフランクフルトに加入。2シーズンをブンデスリーガでプレーした後、プレミアのウエスト・ハムに移籍した。

ジョエリントンは近隣国からドイツに移籍したわけではないが、鎌田のように、一旦ブンデスリーガのクラブに加入してから近隣国のリーグにレンタルで出たケースだ。

ブラジル人FWは、15年7月にスポルチ・レシフェからTSGホッフェンハイムに移籍。加入当初の15/16シーズンは全くと言っていいほど出場機会に恵まれなかった(リーグ戦1試合で1分間出場)。だが16/17シーズンから2年間、期限付きで移籍したラピッド・ウィーンで力を付けて戻ってくると、昨季は主力に定着。今夏、プレミアのニューカッスルに移籍を果たした。

「日本人ブームは過ぎた」今では、Jリーグからの“直輸入”はレアなケースになっていくのかもしれないが、一旦オランダやベルギーに飛び込んだ日本人選手が、近隣国→ドイツ→イングランド、の流れに乗ることは可能だろう。

長谷部が「若い選手がトップリーグの一個下のところで、まずはそこからやろうとしているのもある」と言うように、今後日本人選手がブンデスリーガにやってくるとすれば、オランダ、ベルギー、オーストリアなどで結果を残した「実力のある選手」にチャンスが与えられるのではないか。

ドイツで戦える日本人選手の基準を知る長谷部は「これから」とも言う。19/20シーズン現在は、10年代の「日本人ブーム」が終わり、ブンデスリーガで新たな日本人選手の系譜が始まる前の、“空白地帯”なのかもしれない。

(取材・文:本田千尋)

【了】

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