バルセロナに組み込まれた偽9番の歴史と本質。グアルディオラが実現した師匠クライフの構想【バルサの20年史(3)】

世界のフットボールシーンは、この約20年で大きく変わったと言える。選手の契約と移籍のあり方が変わり、名門クラブも栄枯盛衰を経験している。今回は120年を超える歴史を持つバルセロナの現代史を複数回に渡って辿っていきたい。(文:西部謙司)

2020年04月01日(Wed)10時20分配信

シリーズ:バルサの20年史
text by 西部謙司 photo Getty Images
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創造と破壊

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【写真:Getty Images】

 2008年は変革の時だった。夏に開催されたユーロでスペイン代表が優勝、続く08/09シーズンにバルセロナがリーガ、コパ・デル・レイ(国王杯)、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)の三冠を成し遂げている。2つのチームの戦術はほぼ同じで、中心選手も共通していた。

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 シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタを中心に、世界に普及しきっていたゾーンディフェンスのブロック守備に対する壮大な解体作業が開始された。

 創造と破壊は表裏一体。バルセロナはそれまでの価値観を破壊しつつ、新しいプレースタイルを示した。規則性が特徴で強みであるゾーンディフェンスだが、それゆえに弱点も規則的に存在する。具体的には人と人の「間」だ。その狭いスペースをシャビ、イニエスタが侵入してパスを受け、ゾーンが収縮する前にボールを逃がす。その繰り返しでゾーンは解体された。シャビ、イニエスタ、リオネル・メッシは決して網に捕獲されない小魚のようだった。

 ACミランが開始したゾーナル・プレッシングも普及しきるまで10年以上かかっている。守備戦術はまだ模倣もできるが、バルサのパスワークはそう簡単にコピーできるものではない。シャビやイニエスタがチームを離れるとバルサ自身ですら再現できていないのだから、他チームによるコピーは不可能だった。

 ゾーンのブロック守備がデフォルト化したタイミングで現れた2008年のバルセロナは、それまでの価値を破壊し尽くすとともに唯一、創造的な存在として異彩を放ち続けることになる。

ペップは「ラファエロの弟子」

 ジョゼップ・グアルディオラがバルサBからトップの監督に就任したとき、そこまでの期待感はなかった。ペップの監督としての才能は関係者の間では知られていたものの、ロナウジーニョやフランク・ライカールト監督の退団で1つのサイクルが終焉し、次のピークを作るまでに相応の時間はかかるだろうと考えられていたからだ。

 グアルディオラ監督はあっという間にチームを立て直し、それどころか一段上の次元へ飛翔させている。それはまさにバルセロナらしいサッカーだったが、同時に誰も見たことのないバルサでもあった。

 グアルディオラは自らを「ラファエロの弟子」と言っている。

 ルネサンス時代の巨匠ラファエロ・サンツは多くの弟子を抱えていた。基本的な構図やデザインはラファエロが描くが、作品を仕上げたのは弟子たちだったという。ペップにとってのラファエロは言うまでもなくヨハン・クライフで、クライフのデッサンに彩色を施し、仕上げていったクライフ以降の監督たちの仕事を受け継いだにすぎないと謙遜しているわけだ。確かにそれは事実ではあったかもしれない。しかし、クライフ監督の「ドリームチーム」の時代でも表現できていなかったことが、ペップの時代に実現されていたのもまた確かである。

 ドリームチームにも精緻なパスワークはあった。なかったのは苛烈なプレッシングである。グアルディオラ監督は伝統のパスワークに敵陣でのハイプレスを組み合わせ、その結果としてボールポゼッションが史上類を見ない高率に跳ね上がっている。一方的にボールを支配し、ほぼ敵陣のみで攻守を完結させるというクライフの構想が、実現可能だとわかったのはペップの時代になってからなのだ。

ファルソ・ヌエベの歴史

 08/09シーズンのCL決勝、サミュエル・エトーは右サイドにポジションを移していた。左はティエリ・アンリ、中央にはメッシが「偽9番」として起用された。

 偽9番の歴史は古く、1940年代に「ラ・マキナ」と呼ばれたリーベル・プレートのCF、アドルフォ・ペデルネーラがその元祖と呼ばれている。ペデルネーラからポジションを奪ったアルフレード・ディ・ステファノがコロンビアを経てスペインへ渡り、50年代にレアル・マドリーの黄金時代を築いた。中央ヨーロッパではオーストリア、ハンガリーが偽9番を使っていて、イングランドではマンチェスター・シティがハンガリーを真似て「レヴィ・プラン」といわれた偽9番を採用していた。CFドン・レヴィが偽9番である。

 クライフも偽9番だった。監督としてはバルセロナでミカエル・ラウドルップやホセ・マリア・バケーロを起用して偽9番を復活させている。

 偽9番が「偽」なのは、資質的にインサイドフォワードの選手をCFに使っているからだ。仲間と協調してゲームを作るプレーメーカーであると同時に、卓越したソロ・プレーで得点を生み出せる力量の持ち主である。偽9番の自由を生み出す装置はシンプルで、両サイドのウイングを高く留め置くこと。これで相手のSBを固定する。SBが固定されるとCBはそれより前には出られなくなり、従って下がる9番はフリーになれる。

 シャビ、イニエスタ、セルヒオ・ブスケツ、メッシが形成するスクエアのパスワークを阻止するのは至難の業だった。卓越したパスワークで敵を翻弄し、メッシを前向きでボールを持たせたらスイッチ・オンだ。メッシのドリブルと得点力は絶大な威力を発揮した。

 ゾーンディフェンスの天敵ともいえる精緻なパスワークに無双のファルソ・ヌエベ。バルセロナの圧倒的な優位性に対し、世界がいかに挑戦していくか。それが新たに設定された世界の構図になった。

(文:西部謙司)

【了】

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