Jリーグ無観客での再開を求める理由とは?「我々が学んだコロナウイルスの正体は……」。感染症対策の権威に聞く【インタビュー後編】

感染症対策の権威であり、大型客船ダイヤモンド・プリンセス号に乗り込み、早い段階から新型コロナウイルスに対する警鐘を鳴らし続けてきた神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授は、国内外のサッカーに関しても造詣が深い。いまだ収束の見えないパンデミックが世界中で猛威を振るう中、Jリーグ再開に向けての提言を前後編で訊いた。今回は後編。(本インタビューは当初、緊急事態宣言が出される前の4月2日に行われ、その後、メールによる質問等でアップデートしている)【取材・文:木村元彦】

2020年04月15日(Wed)10時05分配信

text by 木村元彦 photo Getty Images
Tags: , , , , , , , , , ,

数が少ない時は大した問題じゃない。数が多くなると手がつけられない

0415IwataKentaro_editors2
【写真:編集部】

【前編はこちら】

――7月にオリンピックをやるとなると、特にサッカーはヨーロッパではオフシーズンですからね。

【今シーズンのJリーグはDAZNで!
いつでもどこでも簡単視聴。1ヶ月無料お試し実施中】

岩田「真夏の東京なんて外へ出ちゃダメですよ。35度を超えたら15分といられません。組織委員会がせいぜい考えているのは日本の選手のことくらいでしょう。本来、選手のことを考えないでスポーツイベントは成立しないんですけどね。オリンピックを延期した6日後に、すぐ来年7月に開催すると発表されたわけですが、本当に1年後でいいのかという議論がされる時に、『1年後しかないと組織委員会がコメントを出した』との報道を見て、日本っぽいなぁと僕は思いました。代替案がないんですよ。うまくいくしかないとただやみくもに突き進んでいる」

――うまくいくという根拠のない中で日本軍が決行して失敗した第二次世界大戦のインパール作戦ですね。

岩田「インパールです。サッカーで言うと絶対にゴールまでマイボールは取られないのが前提みたいな感じの作戦ですよ。今まさにこんな問題が起きていると、当然パニックになることはあるのですが、クライシスの時こそ落ち着くべきです。

ダイヤモンド・プリンセス号の中でもみんなパニックになっていて、入っていたDMAT(災害派遣医療チーム)というのは、災害救急の専門家であって感染症については専門外なのです。ウイルスは目に見えないのでどこからやってくるかわからない。みんな不安に駆られてイライラしていている。落ち着いていればどこが危険でどこが安全かは判断できたはずですが、慌てているからそれができない。

もっと落ち着くべきですと伝えると、この忙しい時に何を言うんだ、異論を言うな、みたいな感じになるわけですよ。あれが一番危ない。サッカー選手で慌てた人でいい選手なんて一人もいないですよ。イニエスタなんて一番典型的ですけど、どんな局面でもまず慌てない。彼がパニックになっていることなんか見たことがない」

――Jリーグでは、村井チェアマンが再開にあたっての条件として言っていたのが、まず装備。準備の件で450個の検温計、それからマスクを7万枚、消毒液を10万人相当分。それからサーモメーターの運用、来場するサポーターやファンに向けてのこういった準備は、復活に向けて正しいわけですね。

岩田「悪くはないと思います。ただ、再開にするにしても個人的には無観客にしておいた方がいいと思います。少なくとも今はそういう軽めの対策でどうこうできる問題ではなくなっているのです。結局、コロナは数なんですよ。数が少ない時は大した問題じゃない。数が多くなると手がつけられない。これが武漢で我々が学んだこのコロナウイルスの正体です。

数十人、数百人レベルの感染者の時はどうってことはない。ただ、これがある時、急に数千とか数万に増えるともう手がつけられなくなって、イタリア、スペイン、フランス、ニューヨーク市みたいになってしまう。そうなったら誰が何をうまくやってもうまくいかなくなる。そのためにも再開するにしてもまずは無観客からだと思います」

楽観的なシナリオも悲観的なシナリオもすべて用意しておく

――自粛が解けて、再開が決まるとなると、これまでの反動で一気に人で埋まることは十分に予想されます。ゼロからいきなり5万人というのではなく、徐々にということですね。そこはサポーターによる理解も求められると思います。再開したとしても人数を制限する、距離を空ける、移動を考える、検温などに協力する、というところでしょうか。

岩田「スタジアムはもともと感染症対策用にできてないですからね。またそこに至る道のりにしてもむしろ、押し合い、へし合いになって倒れたりしないように道を広く作るというような構造をしているので、一本道なんですよ基本的には」

――再開するにあたっては、感染者が出た場合の法的な部分での整備をしたらどうかという提案もされていましたね。

岩田「それは再開して実際にサポーターから感染者が出た時にどうするかとか、さらにチームの中で何人の選手が発症したら、トップチームが出場停止になるのか、とか。トップチームをリーグ戦に出せなくなった時に試合は中断するのか、延期するのか、没収試合にするのか、その時の勝ち点をどう扱うかとか、さらには、再開後も途中でリーグ中止になったらどこが優勝するのとか、その辺はあらかじめ全部決めておかないといけないですね」

――サッカーファミリーで言えば、機構やクラブのみならず、メディアやサポーターもあらゆることを想定して、腹積もりはしておいた方がいいということですね。

岩田「いろいろなシナリオを用意しておくこと。これは僕らの基本なんですけど、感染症に立ち合う時、起こりうることを最初から全部イメージしておく。楽観的なシナリオも悲観的なシナリオもすべてです。今、COVID(新型コロナウイルス)についてはどちらかというと悲観的なシナリオになりつつあるわけですが、それも想定しておくわけです。

サッカーで言うと0-0で前半が終わった時と1-0で勝っている時、0-2で負けている時、いろいろなシチュエーションがありうるわけですけど、それをすべて考えておく。好転していなかくなった時にうまくプランBに移行できるか。順風満帆にいっている時は、日本はかなり強いんです。コケだした時にまずコケた事実を認められるかどうかがポイントです」

――日本代表でも当初のゲームプランや成功イメージに固執してしまって勝ちを逃した試合がありました。フランスW杯予選で、秋田豊を、マンマークする高正云がすでに変えられていて、岡田武史コーチがそれで良いのか確認したのに「ええんや岡ちゃん」と投入を強行した日韓戦。1-0で逃げ切る時間帯にオフェンシブの小野伸二を入れたドイツW杯のオーストラリア戦。いずれも指揮官が局面を冷静に見られていなくて逆転されている。

岩田「一つは正しい判断に基づいて自分の方向を修正して決断することです。これはもう瞬間瞬間にやらなきゃいけない。サッカーの試合なんてそうですが、感染症もまさにそうです。昨日まではこうだったかもしれないけど、シチュエーションが違ってくることは、茶飯事です。だったら判断を変える。判断を変えるということはやり方も変える。これを繰り返す」

――ホワイトボードに書いた瞬間にもう遅くなっているとよく言いますね。

岩田「そうです。動いているのですぐに変わります」

『自分たちのサッカー』みたいな観念的な言葉で誤魔化しちゃダメ

――別に無理にサッカー媒体だから関連付けるわけじゃないですけど、非常に似ていますね。サッカーの考え方と。

岩田「似ています。よく似ていると思うのはゾーニングなんです。ここから先はウイルスがいる。ここから手前はウイルスがいない。線引きをすることによって対応する。手前ではウイルスがいないから何もしなくていいが、この先はウイルスがいるであろう前提でガチっとした防御服を着る。防護服を着てレッドゾーンで活動するとそこでウイルスをあちこちで触ってしまうかもしれないから、そのままグリーンには戻れない。

グリーンには絶対ウイルスを入れないというのが大事で、グリーンがグリーンのままでいるのが大事なんです。そのためには防護服を脱がないといけない。これに失敗したのがダイヤモンド・プリンセス号で、プリンシプルを理解せずにただ線を引けばゾーニングだとなってしまったのです。DFラインと同じで、DFが並んでいればいいというものじゃなくて、この局面ではどこにラインがあるべきで、それはなぜなのかというのを全員が理解しなければいけない。

僕が勤めている病院だと、COVIDの患者さんが一人出ましたと。その人の個室がレッドゾーン。個室の手前で防護服を着て入って患者さんを見て、出る時にそれを脱ぐ。ところが、感染者が二人、三人に増えましたとなると、さらにラインを下げるわけです。この手前の廊下までがレッドゾーンということにしましょう、ここをグリーンにしますと言って帰る。

これが7人、10人になると、隣の病棟もCOVIDを押し込むことになって、ここもレッドですねという風に毎日変えているんですよ。毎日変えても現場が混乱しないのは、何がレッドで何がグリーンかと、なぜラインを変えたのか、今ラインがここだから、こういう理由のためだというのを全部説明してそれをみんなが共有しているからです」

――DFがみんなわかっているんですね。

岩田「そうです。これが全員に共有されていなくて、昨日までここがラインだったじゃないか、そういう人が一人でもいるとダメなんです」

―オフサイドが取れずに裏を取られる。危機管理が破綻してしまう。

岩田「DFラインとゾーニングはすごい似ていますよ。理解と共有。これが極めて大事で、でもそんなに難しくはないんです。普通に看護師さんたちに説明したら、ああそうかって言ってくれます」

――理解と共有は、起きている事実がしっかりと公開されてこそ、成立しますね。

岩田「そう、現実を見なかったことにしようとなって、検査を抑えるとこんなカーブに見えるよね、という話にならないか。現実を見据えることができるのかが一番のポイントです。感染症を抑えるには、例えそれが自分たちの想定したことではなかったにしても、あるいは自分たちに都合が悪いことであっても、場合によってはとても見たくないような事実であっても事実として向き合う。

根拠に基づかない安心は、痛いとかつらいとかというのに麻酔薬を打って痛みをなくすようなものです。痛みはなくなるけど、病気は治らない。というかどんどん進行していく。だけど、安心は残る。つまり、根拠に基づかない安心というのは有害無益なんです。事実に基づかない話は意味をなさないばかりか、かえって有害だったりする。だから現実と向き合う覚悟がないとベターな結果は出てこないですよね」

――オシムもそうですが、稀代の名将たちは、もちろん勝つために準備をするし、それを信じて進めるが、ピッチ上でパニックにならないように、まったく予想外になった時の準備もしとけとよく言っていましたね。

岩田「そうです。だから『自分たちのサッカー』みたいな観念的な言葉で誤魔化しちゃダメなんです」

(取材・文:木村元彦)

▽岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野教授、同大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授、同大学医学部附属病院感染症内科診療科長・国際診療部長。1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業後、米国ニューヨーク市のコロンビア大学セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンターなどを経て2008年から神戸大学。著書に『抗菌祖の考え方』(中外医学社)など。マンチェスター・ユナイテッド、ヴィッセル神戸のファンで、好きな選手はアンドレス・イニエスタ。


『サッカーと感染症 Withコロナ時代のサッカー行動マニュアル』

本体予価:1,400円+税<書籍概要>
長期で感染症と付き合わざるをえない時代に突入した今、サッカーも新しい形になっていく必要がある。この本では大のサッカーフリークでもある感染症の第一人者・岩田健太郎教授が、独自のフットボール異論を世に問う。

詳細はこちらから

【了】

新着記事

↑top