フットボールチャンネル

ドルトムントの夢を打ち砕いたキミッヒの閃き。5秒間に詰まった3つのスーパープレーとは

ボルシア・ドルトムントの逆転優勝は、一瞬にして遠ざかった。勝ち点差4ポイントで迎えた首位バイエルン・ミュンヘンとの天王山、今季のブンデスリーガ優勝の行方を大きく左右する一戦で敗れたのだ。拮抗した試合を動かしたのは、ヨシュア・キミッヒの能力の全てが詰まったスーパーゴールだった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

スタッツ上では互角だったが…

アーリング・ブラウト・ハーランド
【写真:Getty Images】

「僕たちは優れたチームだ」

【今シーズンの欧州サッカーはDAZNで!
いつでもどこでも簡単視聴。1ヶ月無料お試し実施中】


 アーリング・ブラウト・ハーランドは、ボルシア・ドルトムントの公式YouTubeで公開された『Matchday Magazine』の中で繰り返した。

「チーム一丸となって最高のフットボールを見せていきたい。みんなでチャンスを作って、ファンタスティックなチームであることを示す。僕の仕事はゴールを決めることだけど、前の試合を見てもらったらわかる通り、ゴールを決められるなら僕でなくてもいい。ウィングバックやMFでもいいんだ。みんながゴールを決めることができる」

 26日に行われるバイエルン・ミュンヘン戦に向けて、ハーランドは胸を張った。だが、今季の優勝争いにおいて最も重要と位置づけられた試合の結果はハーランドやドルトムントに関わる人々にとって望み通りにはならなかった。

 リーグ戦は残り7試合で、首位バイエルンと2位ドルトムントの勝ち点差は4ポイント。再開から2連勝で迎えたこの試合の結果が今後の戦いに大きな影響を及ぼすのは明らかだった。バイエルンが勝てば優勝に大きく前進し、ドルトムントが勝てば逆転優勝への望みをつなげる。

 前節から中2日という強行日程ではあったものの、キックオフの笛が鳴ってから両者は非常にハイレベルで拮抗した戦いを見せた。布陣をコンパクトに保ち、チャンスを作られてもゴール前で懸命に体を張ってシュートを阻止する。

 試合終了時のスタッツを見ても、両者はほぼ互角だった。ボール支配率はドルトムントの51%に対してバイエルンは49%、シュート数は全く同じ13本ずつ。枠内シュート数もドルトムントが5本で、バイエルンは6本と違いは1本しかない。パス成功率や全選手の合計走行距離にもほぼ差はなかった。数字が示す通り、ドルトムントもバイエルンもぎりぎりのせめぎ合いを演じていたのだ。

 しかし、結果は0-1でアウェイのバイエルンが勝利することとなった。ドルトムントがホームで敗れるのは今季初で、ルシアン・ファブレ監督就任以降のホームゲーム30試合で敗れたのも2度目だ。冬の加入以降、驚異的なペースでゴールを量産していたハーランドも沈黙し、最終的に右足を痛めて途中交代を余儀なくされた。

「キャリア最高のゴール」が生まれた5秒間

ヨシュア・キミッヒ
【写真:Getty Images】

 堅く閉ざされたドルトムントのゴールは、一瞬の隙を見逃さなかった25歳のセントラルMFによってあっさりと破られてしまった。見事なシュートで今季リーグ戦3得点目を奪ったヨシュア・キミッヒは試合後の公式インタビューで「僕のキャリアで最高のゴールだ。本当に重要だった」と語った。

 まさに「一瞬」と形容するにふさわしい驚異的なプレーだった。前半終了間際の43分、高い位置を取った左サイドバックのアルフォンソ・デイビスが中央の密集地帯に鋭いパスを入れると、ドルトムントのMFトーマス・ディレイニーにカットされる。

 このこぼれ球にいち早く反応したキミッヒは、後ろから相手選手に寄せられながらワンタッチで右斜め前のスペースに入り込んできたMFトーマス・ミュラーに展開する。そしてミュラーから相手DFを背負ったFWキングスレー・コマンへとつながり、キミッヒの足元にボールが戻ってきた。ここまで短いワンタッチのパスが3本連続で通っていた。

 ペナルティエリア手前の狭いスペースで再びボールを受け取ったキミッヒは、すぐにシュート体勢に入った。しかし、右足は振り抜かない。柔らかくコントロールされたシュートは、ふわりと浮いて高い軌道を描き、GKロマン・ビュルキの頭上を越えてゴールネットに収まった。

 自ら「キャリアで最高のゴール」と喜ぶのも無理はない。あれほど正確にコントロールされたロングループシュートは、そうそう簡単に生まれるものではない。デイビスのパスがカットされてからシュート放つまで、たった5秒弱の間に緻密な判断がいくつも積み重ねられていた。

「僕たちは試合前から、(ドルトムントのGK)ロマン・ビュルキがしばしば彼のライン(ゴールライン)から外れると話していた」

 キミッヒは試合後、自らがループシュートを決断するにあたって事前のスカウティングで発見されていた相手GKの細かい癖が判断基準の1つになっていたことを明かした。だが、たった5秒ほどの短い時間で、しかも見方も相手も密集した狭いスペースの中で、いつどのようにGKの立ち位置を確認してシュートという判断に落とし込んだのか。驚くべき能力だ。

その時、何が起こっていたのか

ロマン・ビュルキ
【写真:Getty Images】

 映像を改めて確認すると、キミッヒは自身のゴールまでの数秒間で大きく分けて3つの「スーパープレー」を見せていたことがわかる。

 1つ目は、相手のパスをカットしてミュラーにワンタッチでつなげた場面にある。デイビスの斜めへのパスは全く同じものが直前にもあったが、2度目では相手がパスコースを限定しておりカットされる可能性が高かった。

 キミッヒは、それを予測してデイビスの右隣に立ってカウンターを警戒しつつ、実際に相手選手が触った瞬間に反応して、自分の右斜め前でフリーになっているミュラーの存在を確認しながらワンタッチパスを通した。

 そして2つ目のスーパープレーは、ミュラーとコマンが関わったワンタッチプレーの際のポジショニングだ。キミッヒからパスを受けたミュラーは、再びワンタッチで相手DFを背負ったコマンにボールを預けつつ、一気にスピードを上げてゴール前に走り込んだ。

 おそらくコマンからのフリックパスを期待して、スペースに走ったのだろう。ただ、そもそも相手選手を背負ってのプレーを得意としないフランス代表ウィンガーがボールを失う可能性もあった。

 キミッヒは万が一を想定しながら、ミュラーが抜けて誰もいなくなったスペースをケアすべく走り出した。そして、おそらくこの瞬間に顔を上げて、GKビュルキの立ち位置が本来いるべき場所よりも前目になっていることを確認している。

 最後のスーパープレーは、言わずもがなゴールとなったループシュートだ。ミュラー→コマンと全てワンタッチでパスがつながり、自らの足もとにボールを収めたキミッヒは右足を大きく振りかぶった。

 この時、ゴールの方向は見ていない。視界に入っているペナルティエリアのラインから自分の立っている位置を認識し、直前に確認していたGKの立ち位置の情報を脳内にインストールしながら、シュートのパワーを調節した。思い切り右足を振って強いシュートも打てるフォームから、GKの頭上を抜く完璧にコントロールされたループシュートを放ったのだった。

ライバルは白旗。今季もバイエルン優勝で決まり?

トーマス・ミュラー
【写真:Getty Images】

 文章にするとこれだけ説明が長くなるプレーを、キミッヒはわずか数秒間で完結させた。目の前でボールの行方を見届けるしかなかったドルトムントのDFマッツ・フンメルスも「時々、天才的なプレーが試合を決定づけることがある。今日がそれだ」と、失点の瞬間を悔やむしかなかった。

 キミッヒの空間把握能力の高さと、バイエルンの事前の確かなスカウティングが最高の形で掛け合わさった生まれたゴールとも言える。試合後の公式インタビューにおけるミュラーの言葉がそれを裏づけていた。

「ヨシュがループシュートを蹴った時、滞空時間が長いなと思って見ていた。いい気分だったね。ビュルキは素晴らしいGKだが、最も腕が長いGKではないと思う。そしてあの時、彼が(ゴールラインから)1歩か2歩離れて最高の角度を取ろうとしていたのを、ヨシュは見ていた。美しいゴールだった」

 バイエルンの中盤で圧倒的な存在感を放つキミッヒは、持てる能力の全てを結集させて今季最も重要な勝利につなげて見せた。鳥が上空から見渡すかのごとくピッチ全体の人やスペースを瞬時に把握する能力、そこから最も危険な場所を見つけ出して正確なパスを届ける技術、その瞬間に何をすべきか即座に選び取る判断能力…これらが極めて高いレベルで融合しているのが、ヨシュア・キミッヒという選手だ。

 フンメルスは「(バイエルン以外の)他の全てのチームがタイトルレースから脱落したと思う。僕たちは彼らが6試合で3度も取りこぼすことを期待しなくてはならない」と、再び首位との勝ち点差が7ポイントに広がったことで白旗宣言とも取れる言葉を残した。

 試合展開やスタッツを見れば引き分けが妥当な試合だったかもしれない。だが、1人の男の一瞬のひらめきによって結末は大きく変わった。世界最高峰のプレーが詰まった1本のループシュートは、キミッヒ自身のキャリアにとっても、バイエルンのタイトル獲得においても大きな転換点となりそうだ。

(文:舩木渉)

【了】

KANZENからのお知らせ

scroll top