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Jリーグ 4年前

Jリーグ村井チェアマンはおっちょこちょいだけど…。新時代のリーダー像、その手腕の理由とは【村井満という男 後編】

コロナウイルス問題によって中断を余儀なくされていたJリーグだが、ついにJ1も再開を迎えた。この未曾有の状況下でJリーグを牽引したのが村井満チェアマンだ。2ステージ制や放映権など様々な問題の中で優れたリーダーシップを見せてきた村井チェアマンだが、どのような素顔を持っているのか。旧知の間柄であり、好評発売中の『フットボール批評issue28』でインタビューを担当した記者が知られざる秘話を前後編で伝える。今回は後編。(文:吉沢康一)

text by 吉沢康一 photo by Getty Images

サポーター第一の決断の裏にあるもの

村井満
【写真:Getty Images】

前編はこちらから

 さて、この社会状況の中、怯むことなく果敢に感染症対策に立ち向かい、躊躇ない毅然とした態度で難しい決断を下していく村井チェアマンに新しい時代のリーダー像を見る人は少なくないはずだ。

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 こうした決断を村井さんがしていけるのは、村井さんがJリーグのサポーターだったからだと僕は信じて疑わない。サポーター不在のリモートマッチだけど、それはサポーターが戻ってこられるスタジアムにするための第一歩であることを村井さんはよくわかっている。

 僕はJリーグのサポーターとして3年間を突っ走った。毎日が目まぐるしくて、たくさんの町に出かけて試合を見て、たくさんの人たちと出会った。笑ったり、泣いたり、叫んだり、肩を組み飛び跳ね、そして語り合った。村井さんもその中の一人の“仲間”だった。

 ただ親密な関係というのではなく、スタジアムに集う“仲間”だっただけだ。試合があればゴール裏に集まり、試合が終わったら帰っていく。同じ目的を共有する“仲間”でしかなかった……。

 時が流れても僕らのスタジアム通いは相変わらずだったが、僕の居場所はゴール裏ではなく記者席で、ゴール裏で同じ時を過ごした仲間たちも三々五々に自分たちの居場所に散らばっていった。そして村井さんはチェアマンになった。

 村井さんは僕らの入れない特別な場所にいることもあるけれど、今でもあの居心地よいゴール裏から試合を観戦することも珍しくないと話に聞いている。もっとも、スーツを着て立派な席に座っているより、見慣れたゴール裏から試合を眺めることが、どれほど格別なことなのかを村井さんは知っているにすぎないのだけれども。

村井さんを知っている人なら「そうだね」と言ってもらえると思う

 以前、「ビッグクラブには哲学ともいえるキャッチフレースがある」というメッセージのやり取りとをしたときがある。

「《PLAY TO THE LIMIT, IN THE RIGHT SPIRIT》(限界まで戦おう。正しい精神で)これは、とても私が抱いているイメージに近い感覚です。限界まで戦ったシーンや正しい精神を表出している場面などが繰り返し市民に共有され、賞賛されるようになると、人生にくじけそうになった人を励まし、邪悪な道に誘惑される人を正してくれるように思うんですよね。サッカーの戦術論ではなく、こうしたポリシーを固めましょう」

 マンチェスター・ユナイテッドの名将マット・バスビーの名言をひきあいに出して、自らの信念を伝えてもらった。そういえば村井さんといえばこれである。

「魚と組織は天日にさらすと日持ちがいい」

 村井さんの口癖もこれまた名言である。

 世知辛い現代だから心地よいし共感できるフレーズだ。とにもかくにも、村井さんは慎重でありながら大胆さを兼ね備えていて決断できる人である。何だかずいぶん持ち上げてしまったようだけど、村井さんを知っている人なら「そうだね」と言ってもらえると思う。久しぶりに“直に会って”語り合いたいものだ。理由はいったってシンプルだ。一緒にいて楽しい人だからである。

(文:吉沢康一)

Jリーグ村井満チェアマンはどのような信念のもとでコロナウイルスに対する決断を下したのか? 貴重なインタビュー全編は本誌で。詳細は↓をクリック。

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『フットボール批評issue28』


定価:本体1500円+税

≪書籍概要≫
 とある劇作家はテレビのインタビューで「演劇は観客がいて初めて成り立つ芸術。スポーツイベントのように無観客で成り立つわけではない」と言った。この発言が演劇とスポーツの分断を生み、SNS上でも演劇VSスポーツの醜い争いが始まった。が、この発言の意図を冷静に分析すれば、「スポーツはフレキシビリティが高い」と敬っているようにも聞こえる。

 例えばヴィッセル神戸はいち早くホームゲームでのチャントなど一切の応援を禁止し、Jリーグ開幕戦のノエビアスタジアム神戸では手拍子だけが鳴り響いた。歌声、鳴り物がなくても興行として成立していたことは言うまでもない。もちろん、これが無観客となれば手拍子すら起こらず、終始“サイレントフットボール”が展開されることになるのだが……。

 しかし、それでもスタジアムが我々の劇場であることには何ら変わりはない。河川敷の土のグラウンドで繰り広げられる名もなき試合も“誰かの劇場”として成立するのがスポーツ、フットボールの普遍性である。我々は無観客劇場に足を踏み入れる覚悟はできている。

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【了】

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