セリエAの消えた逸材たち。天国から地獄へ…才能を開花させられなかった5人の選手

才能を高く評価されていても、真の意味でスターになれるのはほんのひと握り。若くして華々しいデビューを飾りながら、サッカー界の厳しい競争に晒された末に才能を開花させられないまま転落していった逸材たちは無数にいる。今回は21世紀に表舞台から儚く消えていったイタリア・セリエA出身の5人の“元逸材”たちを紹介する。(2019年掲載の記事を再編集したものです)

2021年04月25日(日)4時00分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
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甘いマスクのユーベ育ち

パオロ・デ・チェリエ
【写真:Getty Images】



パオロ・デ・チェリエ(イタリア)

生年月日:1986年9月17日
現所属クラブ:現役引退

 ユベントスの下部組織で育ち、同クラブがカルチョスキャンダルによってセリエBへ降格していた2006/07シーズンにトップチーム昇格を果たした。この頃は左ウィングやFWを主戦場とするアタッカーだった。

 翌2007/08シーズンに共同保有の形でシエナへ移籍し、左サイドバックにコンバートされてセリエAで29試合出場2得点1アシストを記録する。そして2008/09シーズンからはユベントスに復帰し、徐々に出場機会を増やしていった。2009/10シーズンは後半戦にかけてレギュラーの座も確保する。

 ところが順調なスタートを切った2010/11シーズンの中盤に膝蓋骨の骨折という重傷を負い、リーグ最終節で復帰するまで残りシーズンのほとんどを棒に振ってしまった。セリエA優勝4回という星こそついているものの、デ・チェリエ自身のキャリアはここから徐々に下降線を描いていく。

 2011/12シーズンはアントニオ・コンテ監督の下で左ウィングバックや左サイドバックとして起用されて後半戦を中心に21試合でピッチに立つが、守備面での不安が改善されず。2012/13シーズン以降はクワドウォー・アサモアやフェデリコ・ペルーゾの加入によって出場機会が激減し、負傷の多さも相まってユベントスでの居場所を失ってしまった。

 2014年1月にはジェノアへ、同年9月からはパルマへそれぞれ半年間の期限付き移籍を経験し、実戦感覚を取り戻していくも、復帰したユベントスでの立場は変わらず。2015/16シーズンはフランスのマルセイユへ貸し出されて初の国外挑戦に踏み切ったが、中盤戦に立て続けの長期離脱があってほとんどインパクトを残せず期間満了になって輝きは完全に失われてしまった。ユベントスに籍を置いていた2016/17シーズンは1試合もベンチ入りすらすることなく全休で、そのまま同クラブを退団することとなった。

 その後、2017年末にセリエAで残留争いをしていたベネヴェントの練習に参加するも首脳陣を満足させられず、契約には至らなかった。結局、約半年の無所属期間を経てスイス2部のセルヴェットFCと短期契約を結びカムバックを果たすが、リーグ戦11試合2得点2アシストという記録を残しながら退団していた。2019年頭に北米MLS行きの噂が囁かれた以外、浪人期間中の動向に不明な部分も多かったが、どうやら地元のアオスタに戻ってC.G.C.アオスタというアマチュアクラブでプレーしていたようだ。

 2019年夏にはビーチサッカーにも挑戦し、自身のインスタグラムには見事なオーバーヘッドキックでのゴール動画などが公開されている。そして2020年1月、デ・チェリエは11人制のサッカーに戻ってきた。アメリカ5部相当の独立リーグUPSLの新設クラブ、マイアミ・ビーチCFにクラブ史上初の契約選手として加入。元アーセナルのジャスティン・ホイトとともに中心選手として、同年3月7日に行われたアドレスタFCとのリーグ開幕戦に出場してクラブの公式戦初勝利に貢献。2021年9月に現役引退を表明した。

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