日本代表と4-4-2の「ゾーンプレス」。強豪には善戦も、アジアで苦戦した加茂監督時代【西部の4-4-2戦術アナライズ】

アトレティコの躍進を受けて、復活の感がある4-4-2システム。Jリーグで頻繁に採用される一方で、意外にも日本代表ではそれほど使われてこなかった。だが、日本代表がミランで勃興した4-4-2による「ゾーンディフェンス」+「プレッシング」の戦術を取り入れていた時期がある。ファルカン監督の後任に就任した加茂周監督が導入したサッカーを改めて振り返る。(文:西部謙司)

2016年08月10日(Wed)10時19分配信

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ
text by 西部謙司 photo Getty Images
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一貫性を欠いていた日本代表監督選び

ファルカン監督解任後、日本代表監督に就任した加茂周氏
1994年12月、日本代表監督に就任した加茂周氏【写真:Getty Images】

 日本サッカー協会の代表監督選びには、ある特徴があった。新監督を選んだ理由として、前任者に足りなかった部分を補う人物だと説明していたのだ。

 ハンス・オフトを招聘したときは「選手もプロになっているので、監督もプロでなければダメ。外国人しかない」だった。次のパウロ・ロベルト・ファルカンは「修羅場をくぐった人」として迎えられている。最終予選でオフトがナーバスになっている姿を見ていたからだという。

 そして、6ヶ月で事実上解任されたファルカンに代わった加茂周監督の就任は「コミュニケーションのとれる人」だった。ファルカン監督は周囲とのコミュニケーションに問題があると思っていたからだ。しかし、このときにはオフトを監督に据えたときの「外国人」は忘れられている。

 さらに岡田武史監督を挟んで、フィリップ・トルシエ監督のときは「世界を知る監督」と紹介されたが、「コミュニケーション」はどこかへ行ってしまった。さらに、ジーコとイビチャ・オシムを経て岡田監督を再任させているが、その時点で「世界を知る監督」だったかといえば怪しい。

 一連の“川淵(三郎)人事”では、前任者の弱点を補う形で後任が発表されるのだが、その次になると2人前の問題点は忘れられるのがパターンだった。監督就任発表の説明は見事なぐらい一貫性を欠いていたのだが、偶然かもしれないが強化方針には意外と継続性があった。ファルカン→加茂もそうだった。

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