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Jリーグ 7年前

松本山雅・飯田真輝が抱くサッカー選手の職業観。「勝つことで、周りの人たちを幸せにできる」【The Turning Point】

シリーズ:The Turning Point text by 海江田哲朗 photo by Tetsuro Kaieda, Getty Images

「マツ(松田直樹)さんから受けた影響は大きい」(飯田真輝)

――なのに、なぜヴェルディへ?

「『おまえはこっちだよ』という恩師の鶴の一声で」

――そ、そんな……。

「まあ、自分の考えだけでは物事を決められなかった。当時、監督をされていたテツさん(柱谷哲二/ガイナーレ鳥取監督)から直接電話をいただき、熱心に誘ってくださったというのもありますが」

――苦しい状況に立たされたとき、Ifの世界が頭をかすめたでしょう。

「何度も」

――あっちに行っていたらと考えちゃいますよね。

「いまとなっては、それもひとつの経験だったと思えます。そういうことがあって、現在の自分があるわけで。我慢の日々を経て、あとで後悔しないためには自分の意志を貫くべきだという考えが固った」

――2010年の途中から松本山雅に加入後は、すっかり中心選手に。自信がついていった?

「自信というか、やるしかなかったんです。マツさん(松田直樹、2011年8月4日逝去)から受けた影響は大きいですね。不幸な出来事があり、J2に行くぞと焚きつけていた人がいなくなった。誰よりもサッカーがしたくて、戦いたかったのに戦えない人がいる。サポーターの期待は大きく、結果を出さなければいけない。がんばるしかなかった。自分のなかで、仕事というのがより明確になった気がします」

――ゲームキャプテンを任されるようにもなり。

「そうですね。やはり、試合に出なければわからないことがたくさんあると実感します。ヴェルディでJ1残留争いを経験し、みんな危機感を募らせてピリピリしていましたけど、僕自身は深く入り込めていなかった。

 振り返ると、もっとやれることがあったんじゃないかなと思います。テツさんが『これは仕事だ。練習は休んでも、どうにかしてゲームには間に合わせろ』とよく言っていたんですね。そのとおり、バウルさん(土屋征夫/ヴァンフォーレ甲府)は練習を休んでも、試合にはポンと出る。

 大卒で入ったばかりの僕はその意味がきちんとわからず、これはどういうことだろう、納得いかんなと思っていたんですけど、バウルさんは別にラクをしようとしていたのではなく、ギリギリの状態を保ちつつ試合には絶対に出る覚悟でいたんだなと。だから、これが自分にとっての仕事だとはっきりして以降、多少重めの故障を抱えようと、出場停止以外で試合を休んだことはないです」

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