岩政大樹の生きざま。J1昇格はならず、岡山退団を発表。結果への責任とけじめ

2016年12月09日(Fri)11時22分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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「勝負強いと言われるチームには、日常があるだけです」(岩政大樹)

岩政大樹
2015年に加入したファジアーノ岡山では35番を背負い、キャプテンとしてチームを引っ張った【写真:Getty Images】

 発展途上のファジアーノを成長させる仕事を、岩政は「サッカー人生を賭けた挑戦」と位置づけて背番号「35」を身にまとった。「3」はアントラーズで、「5」はテロ・サーサナで託された背番号だったことも、熱い血潮がたぎっていたことが伝わってくる。

「ファジアーノはいいクラブですけど、勝たなければいけない、というところに対しての執着とか覚悟といったものがどこまであるのかというと、まだ足りなかった。

 それを植えつけるために僕は呼ばれたと思っているし、それを伝えるためにはまず自分いい状態で、いいプレーをし続けなければいけない。人間同士である以上は、ワイワイがやがや言っていれば伝わる、というわけではないので。

 ただ、相手だって同じことを考えていますから。大事なことは日常ですよ。そのために毎日練習しているわけですから。勝負強いと言われるチームには何があるのかといえば、日常があるだけです。非常に厳しい日常が。その厳しい日常をファジアーノに作り出すために僕は来て、2年間やってきましたけど、それが足りなかった。これだけ隙を与えたことが、自分のひとつの結果だと思っています」

 岩政は不退転の覚悟を胸に秘めて、ピッチに立ち続けた。2シーズンにおよんだリーグ戦および今シーズンのプレーオフを合わせた86試合のうち、84試合に出場。欠場した2試合はいずれも出場停止によるもので、先発フル出場は実に83試合を数えている。

 途中でピッチを去った唯一の試合は、今年10月23日のツエーゲン金沢戦。43分に2枚目のイエローカードをもらい、退場となっている。けがやコンディション不良といっさい無縁だった7513分間にわたる軌跡を、岩政自身も「ようやり切った」と振り返る。

「この2年間、一度だけリカバリーの日を休んだくらいで、ぶっ続けで練習もしてきました。なので、勝とうが負けようが、ここが僕のひとつの区切りですし、ひとつ終わったなという気がしています。

 僕は軽はずみに自分のことは言いませんから、岡山に来るときにサッカー人生を賭けた挑戦だと言いましたし、もちろん今日もサッカー人生をもちろん賭けましたし、賭けたということはここで一回終わりということ。

 岡山との契約は今シーズンで終わりですので。とにかく2年で結果を出すという考えで僕はやってきましたし、2年ですべてをやり切ろうと思ってきて、実際にやり切りましたので。

 僕はタイに行ったときから家族と離れて、ましてや生まれてすぐの娘とはもう3年間も離れていますからね。サッカー選手として食っていくかどうかは別として、これから家族といろいろ考えますよ」

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