岩政大樹の生きざま。J1昇格はならず、岡山退団を発表。結果への責任とけじめ

2016年12月09日(Fri)11時22分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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岡山を選んだ理由。思い描いていた挑戦

 それから1週間。笑顔を浮かべる勝者・セレッソの選手たちも混在した、試合後の手狭な取材エリア。岩政はアントラーズの戦いぶりからインスパイアされた要素を、「隙」という言葉に凝縮させている。

「セレッソさんみたいに選手を大勢集められませんから、ウチには足りない部分はいくらでもあります。そのなかで勝つためには、とにかくセレッソに隙を与えない戦い方をしなければいけなかった。

 しかし、セレッソのほうが隙を与えてくれなかった。そこの部分で上回れなかったら、どこで上回れるんですか、ということですよね。そこを徹底できなかったキャプテンの僕の責任ですね。

 チャンスやピンチがあった、という話じゃない。前半からスローインやフリーキックなどのリスタートで何度攻め込まれたか。セカンドボールへの反応も、相手のほうが速かった。そういうちょっとした隙ですよね。

 90分間で隙を作るか作らないかに、勝負の分かれ目がある。松本相手にはディテールの部分で上回ることができたのに、今日はそれができなかった。それだけのことだと思っています」

 クラブが主導する形で滞っていた世代交代を押し進めたい、とするフロントの意向を受け入れ、10年間在籍したアントラーズを退団したのが2013シーズンのオフ。新天地として選んだタイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナFCでも、12年ぶりのタイトルとなるリーグカップ制覇に貢献した。

 そして、2014年10月にはテロ・サーサナを退団することを表明。新たな挑戦の場として、2009シーズンからJ2に参戦しながら、上位進出への壁を打ち破れないでいたファジアーノを選んだ理由を、岩政は自身のオフィシャルブログ『No Pain No Gain』でこう綴っていた。

「タイでの挑戦が思っていた以上に成果を挙げられていくうちに、鹿島を離れる際に描いたもうひとつの挑戦にも早く踏み出そうと思うようになりました。そしてそのタイミングで、まさに私が思い描いていたような挑戦をファジアーノ岡山からオファーしていただきました」

 思い描いていた挑戦とは、すなわち「岩政大樹にしかできないこと」となる。常勝軍団アントラーズで培われた勝者のメンタリティーを、Jクラブが不毛の地だった岡山県で2003年に創設され、地域リーグからJFL、そしてJ2へステップアップしてきたファジアーノへ伝授する。

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