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Jリーグ 7年前

小笠原と曽ヶ端、鹿島支える2人の37歳。常勝軍団の伝統背負い、南米王者との一戦へ

text by 藤江直人 photo by Getty Images

「鹿島はタイトルを獲るたびに強くなってきた」(小笠原)

鹿島アントラーズ
セカンドステージでは低迷も、チャンピオンシップではここぞの強さを見せつけた鹿島アントラーズ【写真:Getty Images】

 しかし、7年もの時間が過ぎ、本山と中田がチームを去ったいまも、2人が放つ存在感の大きさは変わらない。2009シーズン以来、通算8度目となるJ1年間王者を獲得する過程でも2人は中心を担った。

 小笠原はボランチとして、ピッチのうえで危機察知能力を常にフル稼働させた。正確なポジショニングから的確なコーチングを送り続け、チームを縁の下で支える黒子に徹し続けた。

 最終節にかけて泥沼の4連敗を喫するなど、優勝したファーストステージから一転、11位に低迷したセカンドステージでは、機会を見つけてはチームメイトたちと話す時間を作ってきた。

「内部事情なのであまり細かいことは言えないけど、勝てないなかでもみんなでさまざまな話をした。本当にいろいろなところでもがいて、苦しんで。決して悪いことばかりじゃないと、セカンドステージはセカンドステージで別問題だと思っていたし、そういうものをこれからも出していければ」

 年間勝ち点2位の川崎フロンターレを1‐0で撃破。同3位からの下克上を成就させる第一歩を記した、11月23日のチャンピオンシップ準決勝後に残した言葉通りにアントラーズは頂点へ駆けあがった。

 244試合連続フルタイム出場のJリーグ記録をもつ曽ヶ端は、安定したセービングと大歓声のなかでも味方によく届くコーチング、攻撃の起点になる正確なキックとスローインでゴールマウスに仁王立ちした。

 今シーズンは2年ぶりに、リーグ戦におけるフルタイム出場を達成。清水エスパルスから期限付き移籍で加入した、リオデジャネイロ五輪代表の櫛引政敏に対して高く、険しい厚い壁であり続けた。

 他のJクラブの追随をまったく許さない18個もの国内三大タイトルのうち、曽ヶ端とともに実に15個を獲得する光景を自らの目で見てきた小笠原の口癖は決まっている。

「鹿島というクラブはもともと強かったわけではなく、タイトルを獲るたびに強くなってきた」

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