【U20】「ハーフではなく“ダブル”」。異色GK山口瑠伊が抱く2つの祖国への思いと両親が語るルーツ

U-20日本代表メンバーの中で唯一の海外組であるGK山口瑠伊。フランス人の父と日本人の母を持つ守護神は、いかにして育まれたのか。韓国まで息子を応援に来た両親の言葉、そして本人の証言によってベールに包まれた青年のルーツに迫った。(取材・文:舩木渉【水原】)

2017年05月23日(Tue)12時11分配信

text by 舩木渉 photo Wataru Funaki
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GKへのこだわりは父の影響。発見した柔道との共通点

山口瑠伊
山口瑠伊はU-20日本代表の一員としてU-20W杯を戦っている【写真:舩木渉】

 現在韓国でU-20W杯を戦っているU-20日本代表の選手たちの中で、唯一ヨーロッパのクラブに所属している選手がいる。GKの山口瑠伊だ。

 フランス人の父と日本人の母のもと、パリで生まれて生後6ヶ月で来日。その後は東京で育った。3歳の頃、柔道と剣道で師範代の資格を持つ父の影響で柔道を始め、サッカーを始めたのは5歳のころだった。

 小学生になった頃からポジションは一貫してGK。本人は「ちょっとだけFWもやっていた」と言うが、母・浩美さんは「試合の日はいつもGKのウェアを着て、GKグラブをはめて集合場所に行っていたんです。チームの監督は他のポジションでも使おうと思っていたようですが、本人が『GK以外やらないぞ』みたいになっちゃっていて…」と回想する。

 父・ヴァンサンさんも「チームのユニフォームは関係ない。忘れるくらい(笑)」と、山口のGKへのこだわりを語っていた。

 そもそも山口がGKに興味を持つようになったのは、父の影響で始めた柔道との共通点を発見したからだった。

「初めてGKをやって、体を投げ出してセーブする時に『ちょっと柔道っぽいな』と思ったんです。それからずっとGKです。柔道とGKのプレーにはちょっと似ているところがあります。自分の体を地面に捨てる時とか、怖くないですから。ここ(アスファルト)に飛べって言われても飛べますよ」

 柔道を辞め、サッカーだけに絞ったのは11歳の頃だったという。理由は「サッカーが一番楽しかった」とシンプルなものだったが、この決断も考え抜いたものだった。ただ、父・ヴァンサンさんは柔道ではなくサッカーを選ぶことは、山口が6歳の頃からわかっていたのかもしれない。

「ルイくんが6歳のとき、私は『夢を絶対に叶えるんだったら、何をしたい?』と言ったんです。3ヶ月くらいして彼は答えました。『お父さん、わかった。この人生、GKでプロになりたい。ダメだったら医者になる』と。私は『勉強がうまくいけば、サッカーでもなんでもやってOK』と伝えました。勉強をちゃんとしていれば、毎日何時間でもサッカーしていい。6歳のときがスタートでした」

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