社会現象化した横浜F消滅。「合併劇」を追ったフリーライターの記憶【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。(取材・文:宇都宮徹壱)

2017年12月06日(Wed)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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保ち続けたフラットかつ冷徹な視線

横浜フリューゲルスと横浜マリノスをフリーライターとして追いかけたジュンハシモト氏
横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併問題をフリーライターとして追いかけたジュンハシモト氏【写真:宇都宮徹壱】

 当連載を執筆する中、当時のさまざまな資料や記事に当たりながら、時おり考えることがある。それは「もし自分が取材者だったら、どんなアプローチで記事を書いただろうか?」ということだ。

 横浜フリューゲルスと横浜マリノスの合併が報じられた1998年10月29日当時、私はすでに「写真家・ノンフィクションライター」を名乗っていたものの、Jリーグや日本代表の取材実績はまったく持っていなかった。

 それゆえ本件に関しては、取材者ではなく一読者であり、さらに言えば傍観者でしかなかったのである(当連載は、そうした過去の負い目も原動力のひとつになっている)。

 さまざまな「当事者」たちの言葉を集めて「Fの悲劇」を再現する当連載。第6回となる今回は、この「合併劇」を追いかけていた取材者に語ってもらうと思う。

 ジュンハシモトは、私と同世代のフリーライターで、現在は夫と息子の3人で兵庫県西宮市で暮らしている。なぜ新聞や専門誌の記者ではなく、フリーランスである彼女に話を聞くのか。理由は3つある。

 まず彼女は、フリューゲルスというクラブや目前で行われる試合よりも、一貫してサポーターに主眼を置いて取材を続けていたこと。次に、彼女の発表媒体が『週刊SPA!』という一般週刊誌であり、社会現象として「合併劇」を捉えていたこと。

 そして、専門誌やスポーツ紙にありがちな情緒感を排し、フラットかつ冷徹な視線を保ち続けたことである(本人も「冷たいヤツだな」という自覚があるようだ)。

 そして彼女の鋭敏な眼差しは、現場で取材していた新聞社や専門誌の記者、さらには当時の出版業界に対しても向けられていた。これまた、ある種の「ムラ社会」に対する強烈なアンチテーゼとして興味深い。仕事と母親業の両立に忙しそうなハシモトに、さっそく当時の記憶をたどってもらうことにした。

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