田中亜土夢、C大阪で始まる新たな挑戦。フィンランドで勝ち取った「タイトル」と「信頼」【インタビュー】

2018年01月18日(Thu)10時20分配信

text by 舩木渉 photo Wataru Funaki, Atomu Tanaka
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フィンランドには「絶対にまた戻ってプレーしたい」

田中亜土夢
フィンランドリーグ優勝(左)とカップ戦優勝(右)のメダル【写真:舩木渉】

ーー田中選手自身、2017年は怪我からの復帰という意味でも勝負の1年だったと思います。そして今季は3年間で最も多い12アシストを記録しました。2年目までは得点力の向上が目立っていましたが、アシスト増加の要因は何だったのでしょうか。

「シーズン途中でトップ下から左サイドに移ったことが大きかったと思います。リーグ内で僕のプレーが周りのチームに知られてきたのもあって潰されることも増えましたし、うまく自分のスペースを消されることもありました。僕自身少し調子が悪いままプレーしていたんですけど、うまくいっていないのに監督が気づいてくれたんです。それで監督から『左サイドをやってみるか』と提案されて僕をコンバートしてくれました。アシストが増えたのも左サイドで出ることが多かったからかもしれないですね」

ーー本来なら元々左サイドで出ていた選手もいるはずで、トップ下で調子が悪ければベンチに座らなければならない、ということも考えられますよね。

「そういう意味では監督からの信頼を強く感じました。普通だったら調子が悪ければ外したほうがいい。でも、僕のことを必要としてくれていたし、これまでの2年間で監督との信頼関係は築けていたので、自分を使い続けてくれたことはすごくうれしかった。だからこそ結果でその信頼に応えないといけないし、他の選手たちの目もあるので、プレーでしっかり見せないといけないと思いました。そこから少し調子も上がってきたので、本当に監督には感謝しています」

――ただ、3年連続のリーグベストイレブンは逃してしまいました。

「やっぱり調子が悪かった時期や、怪我で出ていない時期もあったので、今年はないなと思っていました。夏に左のもも裏の肉離れでしばらく離脱して、重くはなかったんですが、ヨーロッパリーグの予選が始まる前に復帰したいと思って少し焦りすぎてしまったんです。ヨーロッパの舞台でアピールして移籍することを意識しすぎた結果、目標としていた時期に一度復帰したものの、また怪我をしてしまいました。僕も30歳になったので、自分の身体のことをもっと考えなければいけないと学べた1年にもなりました。今まで大きな怪我をしたことがなかったのに、ここ2年で2度も離脱してしまいましたから」

ーーリーグ最終節、田中選手にとってHJKで最後の試合では、サポーターが日本語でチャントを歌っていましたね。

「あれは本当にうれしかったし、認めてもらえたんだなと感じました。サポーターの皆さんが僕のことを惜しんでくれているのもすごく感じました。わざわざ日本語にしてくれることにも優しさを感じました。フィンランドでいろいろなことを経験したので、絶対にまた戻ってプレーしたいなという気持ちもさらに強くなりました。監督や社長も『いつでも待っているぞ』『どの国に行っても応援しているから』と言ってくれて、快く迎えてくれそうなので、また成長して戻れたらいいなと思っています」

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