合併を知った実家からの電話。「オレも無職になるの?」不安に駆られた元横浜Fのホペイロ【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。【前編】(取材・文:宇都宮徹壱)

2018年07月21日(Sat)10時00分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Getty Images,Tetsuichi Utsunomiya
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ロシアW杯にも帯同した元横浜Fのホペイロ

山根威信
元横浜Fのホペイロである山根威信氏【写真:宇都宮徹壱】

 今回の取材現場は六本木一丁目にあるタワービル。エレベーターで高層階にあるオフィスに到着すると、都内を展望できる広い窓、そして「SAMURAI BLUE」こと日本代表のディスプレイが視界に飛び込んできた。ここは日本代表のオフィシャルサプライヤーとして知られる、アディダス・ジャパンのオフィス。今回のインタビュイーは、同社に入社して20年になる。

 先日閉幕したワールドカップ・ロシア大会。今回の日本代表スタッフの中に、「元フリューゲルス」がいたことをご存じだろうか? しかも2人。麻生英雄と山根威信は、いずれも横浜フリューゲルスのホペイロを経て、日本代表のエキップメント担当となった。両者は神奈川県にある高校の同級生。先にフリューゲルスのホペイロとなった麻生が日本代表に引き抜かれ、その跡を継ぐことになったのが、今回の証言者となってくれた山根である。

 ブラジルで「用具係」を意味するホペイロは、今でこそサッカーファンの間で認識されているが、Jリーグ開幕間もない頃は(ブラジルから招かれた一部のプロフェッショナルを除けば)誰もが手探りで仕事を覚えていた。山根自身、高卒でこの道に入ったが「右も左もわからないところからのスタート」だったという。そして、スムースに仕事をこなせるようになった2年目の98年、突然の「合併劇」に遭遇することとなる。

 あの「Fの悲劇」の衝撃は、選手やサポーターだけでなく、当時21歳だった若きホペイロにも容赦なく降り注いだ。そんな中、山根は何を考えながら、クラブ消滅までのカウントダウンを過ごしていたのだろうか。さっそく当人の証言に耳を傾けることにしたい。(取材日:2018年2月19日)

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