1996年Jリーグ。マイアミの奇跡はこの年! 02年W杯開催国決定、日本単独の予定が…。鹿島は常勝軍団へ【Jリーグ平成全史(4)】

1993年に開幕したJリーグは今季で27年目を迎えている。平成とともに歩み成長し、そして時代は間もなく令和へと移行する。フットボールチャンネル編集部では、昨季までの26年間を1年ずつ振り返っていく。今回は1996年(平成8年)。

2019年04月25日(Thu)7時00分配信

シリーズ:Jリーグ平成全史
text by 編集部 photo Getty Images
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1996年(平成8年)

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川口能活がビッグセーブ連発。マイアミの奇跡を起こす【写真:Getty Images】

 アビスパ福岡と京都パープルサンガが新たに加わり、Jリーグは16クラブで争われることとなった。

●参加クラブ
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
ジェフユナイテッド市原
柏レイソル
ヴェルディ川崎
横浜マリノス
横浜フリューゲルス
ベルマーレ平塚
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパスエイト
京都パープルサンガ
ガンバ大阪
セレッソ大阪
サンフレッチェ広島
アビスパ福岡

 それまで2ステージ制&チャンピオンシップで王者を決定していたJリーグだが、1996年は1ステージ制を導入。ホーム&アウェー2回戦総当たりとし、前年から試合数が大幅に減少した。

 今では当たり前となっているが、マルチボールシステムが導入されたのはこの年から。従来のルールでは1つのボールを使用することになっていたが、プレーの再開が遅れ、試合のスピード感が損なわれていた。1995年に行われた女子ワールドカップなどでマルチボールシステムを試験的に導入。1996年にはJリーグでも採用されることとなった。

 ピッチを囲むように配置され、選手にボールを渡すことで試合を迅速に再開させる役目を担うボールパーソン。基本的にホームチームが手配することになっており、下部組織の選手やホームタウンの高校サッカー部の生徒が担当することが多い。

 この年の日本サッカー最大の出来事といえば、オリンピック代表チームである。1996年3月24日。西野朗監督率いる日本はアジア予選準決勝でサウジアラビアと死闘を繰り広げ、2-1と勝利。エース・前園真聖が獅子奮迅の働きを見せ、守護神・川口能活を中心に粘り強く戦い、28年ぶりのオリンピック出場を果たした。

 そして7月。日本はアトランタ五輪初戦で空前絶後の快挙を成し遂げる。相手は優勝候補筆頭のブラジル。ロベルト・カルロス、ジュニーニョ・パウリスタらを擁しただけでなく、ベベット、リバウド、アウダイールをオーバーエイジで起用。マリオ・ザガロが指揮を執るなど、まさに最強チームだった。ちなみにこのチームには怪物ロナウドもいた。当時は他に「ロナウド」がおり、ロナウジーニョで登録していた。

 日本は圧倒的に押し込まれる中、川口がビッグセーブを連発。そして72分、ゴール前へフィードを送るとアウダイールとGKジーダがまさかの交錯。転がったボールに走り込んだ伊東輝悦が無人のゴールに流し込む。これが決勝点となり、日本が王国ブラジルを1-0で撃破。世界がひっくり返るほどのかつてない快挙は『マイアミの奇跡』として、日本サッカー界の伝説となっている。

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