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堂安律はPSVの救世主になるチャンスをふいにした。現地で直撃。大敗で感じた乗り越えるべき壁【欧州組の現在地(3)】

今シーズン、欧州各国リーグでは多くの日本人選手がプレーする。若手からベテランまで、様々な思いを胸に挑戦する選手たちの現在地について、日本代表を長く取材する熟練記者がレポートする。第3回はPSVのMF堂安律。(取材・文:元川悦子【アイントホーフェン】)

シリーズ:欧州組の現在地 text by 元川悦子 photo by Getty Images

堂安にとってPSVの環境は理想。しかし…

堂安律
今季よりオランダの強豪・PSVでプレーする堂安律【写真:Getty Images】

「PSVで試合をしているとハーフタイムに全く焦る声もない。(元オランダ代表のマルク・ファン・ボメル)監督含めて経験豊富な選手が多いので、チームに余裕がありますね。焦ってないというか」

 10月の日本代表シリーズで帰国した際、堂安律はオランダ名門の新天地についてこんな感想を漏らしていた。アヤックス、フェイエノールトとともに「ビッグ3」の一角を占めるPSVは、ご存じの通り、エールディビジ優勝21回を誇る強豪。欧州リーグ常連でもあり、今季もUEFAヨーロッパリーグ(EL)に参戦中だ。これまで中小クラブのフローニンゲンで2年間を過ごし、劣勢を強いられることの多かった堂安にしてみれば、主導権を握って押し込めるPSVの環境は理想的なのだろう。

 だが、その前提が大きく崩れた試合があった。10月26日のAZとのリーグ上位対決だ。堂安と菅原由勢という2人の日本人選手が同じ右アタッカーに入る意味でも興味深かったこの試合。多くの人々が「PSVが攻め込み、AZが守勢に回る展開」を予想していたが、PSVは立ち上がりからパスミスを連発し、リズムを失い、AZに支配される状況を余儀なくされる。

 オランダリーグ得点ランクトップに立つドニエル・マレンを筆頭に、スティーブン・ベルフワイン、モハメド・イハッタレンの3人をケガで欠き、他にも出場停止などで主力が出ていなかったことが災いし、普段のPSVとはかけ離れた状況に陥ってしまったのだ。

 その流れがより決定的になったのが、前半20分のライアン・トーマスの一発退場だ。早い時間帯に数的不利となったPSVはさらに低い位置に引かされ、守らざるを得なくなる。4−4−1と布陣変更し、右サイドバックの位置まで下がった堂安も献身的に必死に守り、ボールを奪ったら一気にカウンターに転じようとするが、足手の激しいタックルに遭って前に出られない。そして前半終了間際には立て続けに2失点喫してしまう。

「ボールを持ってくる相手というのは分かっていたし、カウンターを特徴とするこっちの選手が2~3人抜けていて、全てがプラン通りに進まなかった。1人退場してからも我慢してチャンスを作れると思ったけど、最後に失点したのがデカかったと思います」と堂安も途方に暮れる。0-2でハーフタイムを迎えた瞬間、フィリップス・スタディオンに集まった大観衆から凄まじいブーイングが浴びせられた。

チームを勝たせられる存在になるべき

 結局、堂安のプレーはこれで終了。わずか45分でベンチに下げられてしまった。対戦相手の一員だった菅原は「やっぱり堂安選手がボールを持つと怖さはあるなと感じましたし、そういう怖さがあるのがA代表だと思いました」とリスペクトを口にしたが、ファン・ボメル監督にはプラスの面は届かなかったのだろう。指揮官は後半から両サイドアタッカーを交代。反撃に打って出ようとしたようだが、本人への説明はなかったという。

「今日主力がいない中で、前半何とか引っ張ろうと思って試行錯誤しながらやりましたけど、後半変えられてしまった。引っ張ろうとしたけどダメでした」と試合後、堂安は納得いかない口ぶりを見せた。

 ただ、ファン・ボメル監督に「攻撃の絶対的キーマン」と認めさせることができなかったのは事実だろう。後半出たメンバーもまるでよさを発揮できず、結果的に0-4で大敗したこともあって「堂安が悪かった」という印象こそなかったが、救世主になるチャンスをふいにしたのも確かだろう。マレンやベルフワイン、イハッタレンらが出ていない今回、堂安が圧倒的なパフォーマンスを示していたら、彼の価値は一気に上がっていた可能性が高かった。そういう意味では残念だったと言うしかない。

 日本代表でもそうだが、堂安はチームがイケイケドンドンの時は自分自身も勢いに乗ってゴールへの迫力や推進力を出せるが、苦境に陥った時はそれを跳ね返す反発力を発揮し切れないことが多い。サッカー選手はいい時ばかりではないから、苦しい時に何ができるかが肝心だ。

 21歳とまだ若い選手とはいえ、もう欧州3年目。大迫勇也や南野拓実、中島翔哉ら年長者についていくだけでは物足りない。自分が違いを示し、日本を勝たせるような圧倒的な存在にならなければいけない。それはPSVでも同様ではないか。

今回の悔しさを糧に更なる成長へ

堂安律
ファン・ボメル監督(写真左)の信頼を掴むには「飛び抜けたアタッカー」へ成長することが求められる【写真:Getty Images】

「PSVで試合に出ていれば、次に行くクラブは間違いなく中途半端なところじゃない。5大リーグの中堅が移籍金を払えるか払えないかって言うぐらいの金額になってしまうので、ビッグクラブにしか行けないし、他の選手もメラメラしている気持ちが伝わってくる。チームメートは年下の選手が多いんで、『なめられてたまるか』っていう一心で練習からやってます。これは自分が求めた環境で、成長できる環境に身を置かせてもらって有難く感じています」

 10月の代表シリーズの時に本人も語気を強めたが、PSVで「飛び抜けたアタッカー」になって初めてファン・ボメル監督の絶対的信頼を勝ち取れる。今回、そのチャレンジは残念ながら失敗に終わったが、新天地に赴いたばかりの堂安には多くのチャンスが残されている。それをどう生かすかが肝心なのだ。

 PSVは今週の11月3日にスパルタ・ロッテルダムとのリーグ戦が控えているし、翌週7日にはリンツとのELもある。現時点でリーグの方はAZに抜かれて3位に後退してしまったが、ここから再びアヤックス追走体制を整えていく必要がある。

 ELもD組首位の座をキープし続けないといけない。そういう過密日程の中で今回のような劣勢や苦境はいつかきっと訪れる。そこでしっかり踏ん張って、周りに影響を与えられる選手へと変貌できれば、前半のみで下げられることはなくなるはず。今回の悔しい挫折を糧にするしか成長への道はないのだ。

 堂安律が短期間で「どんな状況でも違いを見せられる男」に飛躍してくれれば、ファン・ボメル監督も森保一監督も万々歳に違いない。本人が強く望んでいるより上のビッグクラブ移籍への道も開けてくるだろう。その道のりはまだまだ長く険しいが、それを再認識できたことを前向きに捉えるべきだ。まずはPSVで少しでも序列を上げること。そこに集中して日々の練習から取り組むしかない。

(取材・文:元川悦子【アイントホーフェン】)

【了】

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