横浜F・マリノス、歴代ガッカリ外国籍選手6人。SNS中毒で追放、4日で解雇…謎多き助っ人たちの系譜

2020年05月14日(Thu)7時15分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部 photo Getty Images
Tags: , , , , , , , , , , ,

レコバの元相棒と香港リーグ得点王

Fmarinos_2001Lipatin
2001年J1・1stステージ第8節:柏レイソル戦の先発メンバー

マルセロ・リパティン(ウルグアイ出身)

生年月日:1977年1月28日(当時24歳)
在籍期間:2001年
J1通算成績:1試合出場/0得点

 ウルグアイの世代別代表でアルバロ・レコバとコンビを組んでいたという触れ込みで来日したが、その片鱗を見せることはなかった。結局、1年間の在籍でリーグ戦の出場は1試合のみ。しかも途中出場で延長Vゴールを奪われるまでの18分間のみだった。

 前年に4日間の在籍で解雇になったハッダとは違い、横浜までたどり着いたが、ホームの日産スタジアムのピッチに立つことは叶わず。離日後はメキシコのクラブ・アメリカへ移籍し、のちにセリエBのバーリやポルトガル1部のマリティモ、CDナシオナル、トロフェンセといったクラブでプレーした。日本で輝けなかったにもかかわらず欧州ではそれなりに結果を残している、謎多い選手だった。

レアンドロ(ブラジル出身)

生年月日:1974年9月29日(当時26歳)
在籍期間:2001年
J1通算成績:3試合出場/0得点

 1999/2000シーズンの香港リーグ得点王という肩書きを持つストライカーで、2000年に開催されたカールスバーグカップの日本代表戦に、香港リーグ選抜の一員として出場していた。日本の中継映像で紹介された登録名はファーストネームの「レアンドロ」ではなく姓の「シミオニ」だった。

 そこでのプレーが評価されたのか、2001年に来日してマリノスに加入する。しかし、ヘディングの強さ以外に目立った武器はなく、リーグ戦では3試合の出場のみ。ノーゴールで同年7月に契約解除となった。2001年のマリノスはヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)こそ制したものの、開幕前の外国籍選手の補強にことごとく失敗し、シーズン中の監督交代やリーグ戦の残留争いなど大いに苦しんだ。

 レアンドロはマリノス退団後、一度ブラジルに戻ったが、2003年夏から2シーズンにわたってドイツ2部のオーバーハウゼンで活躍。ブラジルやイスラエルでのプレーを経て現役を引退した。

●2001年J1・1stステージ第8節:柏レイソル戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
波戸康広
松田直樹
小村徳男

▽MF
永山邦夫
遠藤彰弘
上野良治
石川直宏
中村俊輔

▽FW
田原豊
城彰二

※レアンドロは74分から田原豊に代わって途中出場
※リパティンはベンチ外

1 2 3 4 5

新着記事

↑top