JリーグとDAZNの契約は履行できるのか? 撤退はないのか? 村井満チェアマンに直撃【インタビュー後編】

“無観客劇場への覚悟はあるか”という特集の6/8発売『フットボール批評issue28』から、「Jリーグの行動力学」と題した村井満チェアマンの“判断基準”に迫ったロングインタビューを発売に先駆けて一部抜粋して前後編で公開する。今回は後編。(取材・文:吉沢康一)

2020年06月05日(Fri)10時10分配信

text by 吉沢康一 photo Getty Images
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サッカーはできないという判断は、僕はリスペクトしています

村井満
【写真:Getty Images】

前編はこちら

――経済の話もお願いします(笑)

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村井 ごめんなさい(笑)。結局、全体を考えた時に国民の健康を重視する。経済を優先して、国民の健康をないがしろにすることはできないというのがベースとしてすでに存在していたわけです。今、試合はストップしていますが、経済のためにサッカーのために試合に突き進むということはありえないと考えています。

 緊急事態宣言が発令されて、この状況ではサッカーはできないという判断は、僕はリスペクトしています。ではクラブの経営状況はどうか? 日銭が入らない状況ですので、本当に予断を許さない状況が続いています。でも、リーグ運営予算の1年分くらいのコミットメントラインを用意して、本当にクラブが厳しい状況になったら、しっかり財政的なサポートができるようにバックアップ体制を敷いています。

 サッカーは4年リズムなので2022年までの中期計画は完成していて、細かい予算配分までしていたのですが、それを全廃、凍結してすべての計画をいったん白紙に戻して、サバイブするために大幅なコスト削減に動いています。それも各クラブが必要となった時にJリーグが財政サポートができるような準備であって30%から50%くらいの予算削減プランを立てています。

 Jリーグは今までにないようなコスト削減をしてでも、各クラブへの均等配分金は減らしません。そしてクラブからSOSが出た時の融資体制を整える。今、そのあたりの原型が見えてきています。お金のために無理をしなくてもいいように、今、Jリーグでは万全を期した体制を準備している。そういった状況ですね。

撤退するのではないかとか、そういうことはありません

――DAZNとの関わりはどうなのでしょうか?

村井 DAZNとも緊密な連絡を取り合っています。DAZNはスポーツ文化を守るためにファン、サポーターに全試合を届けてくれる強力な我々のパートナーで、表裏一体、一蓮托生、本当に密接不可分の関係だと我々は位置づけています。7月以降であればリーグ戦に関しては日程消化できる可能性を残しているし、今の状況でもDAZNは我々を全面的に支援してくれています。

 一方で試合中継などのコストがJリーグ側から出ているわけではないんです。どういう形かといえば、我々はDAZNにインターネットを通じて配信する権利を10年間2100億円で販売しました。試合中継は1000試合を超えますが、そのすべてをJリーグがコスト負担して中継を制作しています。つまり、著作権はJリーグなのです。

 第1節以外は試合が止まっているので、Jリーグはコストがかかっていません。ですから、契約そのものの骨格はまったく変えないけれど、Jリーグがいただく放映権は一定程度、後ろ倒しで結構です、その支払いを猶予することを我々からDAZNに申し入れて、DAZNにそれを了解してもらっている状況です。

 DAZNが契約そのものを履行しないのではないかとか、撤退するのではないかとか、そういうことはありません。最終的に契約に関しては完全に非公開となります。これはNDA(契約)を交わしている双方で守秘義務があり、契約の詳細についてはお伝えすることができないのですけれど、この状況の中で連携しているということは申し上げられます。

(取材・文:吉沢康一)

Jリーグの村井満チェアマンは今回のコロナウイルス問題をどう見ているのか。貴重なインタビュー全編は本誌で。詳細は↓をクリック。

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『フットボール批評issue28』


定価:本体1500円+税

<書籍概要>
 とある劇作家はテレビのインタビューで「演劇は観客がいて初めて成り立つ芸術。スポーツイベントのように無観客で成り立つわけではない」と言った。この発言が演劇とスポーツの分断を生み、SNS上でも演劇VSスポーツの醜い争いが始まった。が、この発言の意図を冷静に分析すれば、「スポーツはフレキシビリティが高い」と敬っているようにも聞こえる。

 例えばヴィッセル神戸はいち早くホームゲームでのチャントなど一切の応援を禁止し、Jリーグ開幕戦のノエビアスタジアム神戸では手拍子だけが鳴り響いた。歌声、鳴り物がなくても興行として成立していたことは言うまでもない。もちろん、これが無観客となれば手拍子すら起こらず、終始“サイレントフットボール”が展開されることになるのだが……。

 しかし、それでもスタジアムが我々の劇場であることには何ら変わりはない。河川敷の土のグラウンドで繰り広げられる名もなき試合も“誰かの劇場”として成立するのがスポーツ、フットボールの普遍性である。我々は無観客劇場に足を踏み入れる覚悟はできている。

詳細はこちらから

【了】

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