マリノス初勝利で感じた「声」の力。無観客試合で深まる絆、逆転勝ちを可能にした団結の心

明治安田生命J1リーグ第3節が8日に行われ、横浜F・マリノスが湘南ベルマーレを3-2で破って今季初勝利を収めた。無観客試合(リモートマッチ)として行われる最後の試合で、ニッパツ三ツ沢球技場では何が起こっていたのか。勝利の秘訣は「声」にあり?(取材・文:舩木渉)

2020年07月10日(Fri)11時46分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images
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初の無観客試合取材で

横浜F・マリノス
【写真:Getty Images】

 無観客試合という特殊な状況下で、改めて「声」の力の大きさを強く感じた。

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 明治安田生命J1リーグの第3節が8日に行われ、ありがたいことに再開後初めて現場取材できることになった。個人的には約1年ぶり、久しぶりのニッパツ三ツ沢球技場での取材に心躍ったが、一方で「無観客」のリモートマッチに寂しさを感じていたのは事実だ。

 試合は横浜F・マリノスが3-2で湘南ベルマーレに逆転勝利。とてもエキサイティングな展開だった。同時に「無観客だったからこその学び」がたくさんあった。その1つが「声」だった。

 やはり観客がいないことで環境音も少なく、ピッチ上で「声」がよく通る。三ツ沢はスタンドからピッチまでの距離が近いこともあって、試合中の選手たちやベンチからの声が丸聞こえ。もちろん味方にプレーを指示する無数の細かい声かけも含め、中継映像とは比較にならないほどの情報量が押し寄せてくる。これが本当に面白い。

 前半はポジションの修正やマークの受け渡しに関する「声」が目立った。それらよりも特に印象的だったのは、佐藤隆治主審の判定に対して「レフェリー!」と声を荒らげたり、「今のはボールにいっているよ!」「何で!?」などと異議を唱えたり、「早くやらせて!」「時間! 時間!」とリスタートを促したりする「声」の多さだった。

 両チームとも積極的な立ち上がりでスピードや強度が上がり、身体接触も多く、主審の判定とプレーの感覚がマッチしていなかったのかもしれない。お互いにチャンスを作りながら、湘南の力強さが際立ち、予想以上に拮抗した展開でスコアレスのまま前半が終わった。

 後半に入り、52分に中川寛斗のゴールで湘南が先制に成功する。マリノスとしてはやられたくない、嫌な形で両サイドに揺さぶられての失点だった。それでも試合が再開すると、マリノスが一気に押し込んでいき、湘南のプレッシングの強度が少し落ちたように感じた。

 するとプレーが切れたタイミングで、湘南のMF齊藤未月が吠えた。「守りに入るな! 盛り上げるぞ!」。その大きな声は、おそらく中継映像でも聞き取れる。それに呼応するように、マリノスのキャプテン、喜田拓也も「続けて! 続けて! 声かけて! しっかりつなごう! やり抜こう!」と声を張り上げた。2人の“闘将”の「声」によってピッチ全体の雰囲気が再び引き締まったように感じた。

キャプテン喜田拓也の献身

 マリノスのベンチは失点後の展開に何かを察したのかもしれない。アンジェ・ポステコグルー監督が動き、63分に交代カードを切って一度に3枚替えを敢行。エリキ、扇原貴宏、マルコス・ジュニオールの3選手をベンチに下げ、天野純、オナイウ阿道、水沼宏太をピッチへ送り出した。

 指揮官は試合後に「湘南は守備でハードワークしていたし、自分たちがその中でボールを支配していて、もう少し力強さが欲しかったところがあった。そこにフレッシュな選手を入れることでエナジーやクオリティをもたらし、展開を変えてくれるのではないかと思って交代を決めた」と明かした。結果的にこの3枚替えが、試合の流れを大きく変えることになる。

 66分、天野の左足ロングシュートが決まってマリノスが同点に追いつく。「ボールを持った時にアド(オナイウ阿道)と(水沼)宏太くんの位置が見えていて、そこにアーリークロス気味に狙おうとしたんですけど、GKがちょっと前に出ているなと感じたので、そこらへんに落ちればいいなという感覚で蹴った」という“シュート”はGK富居大樹の頭上を越えてゴールネットに突き刺さった。

 天野は77分にもスーパーゴールを決めてマリノスが一度は逆転に成功するが、79分に鈴木冬一にゴールを許し、すぐに追いつかれてしまう。せっかくの追加点が意味をなさなくなり、意気消沈してもおかしくない。ここで再びキャプテンの喜田がチームを鼓舞した。

「やめるの簡単だから! 下向くな! 慌てるな! (ボールを)動かせ!」

 目の覚めるような檄に、周りの選手たちも応えた。諦めるのはまだ早いと自分たちを奮い立たせ、怒涛の勢いで湘南のゴールに迫っていく。体力的にも厳しくなる終盤の時間帯ながら、何かが起こりそうな雰囲気が漂い始めた。

 そして同点のまま後半アディショナルタイムに突入かと思われた87分、水沼のクロスにオナイウが頭で合わせ、マリノスが逆転に成功。交代出場した天野、オナイウ、水沼の3人が揃って得点に絡む驚異的な巻き返しだった。

 ただ、湘南も諦めない。そうだとわかっているからこそ、逆転して気持ちが緩んでしまいそうなところで喜田が「休みじゃないぞ!」「前も休みじゃないよ!」と何度も叫び、手を叩く。アディショナルタイムに入っても「(全員が)パスコースになって! (正しい)ポジションとって! 1人ひとりがサポートして!」とそれまでと変わらない高い意識と強度で相手に圧力をかけるよう周りの選手たちを鼓舞し続けた。

 時には「ブンちゃん! 11(じゅういち)! イレブン!」と外国人のティーラトンにわかりやすくマークの指示を送るような気配りの細やかさも、喜田のコーチングの魅力。キャプテンは状況に応じて声かけの質を使い分けながら、90分を通して絶大な存在感を放った。

声出しの達人・水沼宏太の存在感

水沼宏太
【写真:Getty Images】

「声」という意味では、実は水沼の存在価値も非常に大きい。記者席と反対サイド、ピッチの対角線上にいるにもかかわらず、その声は誰よりもとにかくよく通り、ハッキリと聞こえた。同点に追いついたものの、さらに労力をかけて逆転へという難しい時間帯に「キーボー(喜田)! しゃべれ! 今!」と周りに声かけを促し、誰かにいいプレーがあればすぐ「ナイス!」と褒める。

 アディショナルタイムにも「集中切らすな!」という大きな声がスタジアムにこだまし、「ラスト! ラスト! シン(畠中槙之輔)もしゃべって!」と、絶妙なタイミングで集中が切れそうな仲間の様子を察して鼓舞し続けた。

 湘南戦の前日、水沼は「見にきていただいている方がいないということで、集中力だったり雰囲気だったりを自分たちで作り上げていくのが難しいところだと感じました」「見にきてくれている人が多ければ多いほど、選手たちにパワーがみなぎってくるところもあるので、寂しい部分はあります」と、無観客ならではの課題を語っていた。

 それでも「逆に声が通ったりしてやりやすい場面もある」「画面越しで見ていただいている方はたくさんいると思うし、その声援を自分たちで感じ取ってやるしかない」と、ポジティブに捉えて「声」をチームの力に変えた。

「僕は僕自身の武器を試合で見せられるように。それは、ただ見せるだけではなく、チームとしてプラスに働くようにいつも考えてやっています。人(競争相手となる攻撃的なポジションの選手)は確かに(たくさん)いるように思われますけど、自分は自分にできることを精一杯やりたいと思っています」

 水沼の「とにかくどんな状況で出ても、マリノスのサッカーをするために準備はしてきているので、攻撃の選手でもありますし、チームとして結果を出すためにやっていきたい」という思いや魅力は、ボールを持っている時だけでなく、ピッチに立っているだけで遺憾なく発揮されていた。この常に明るく前向きな性格こそ、彼がムードメーカーたる所以でもあるだろう。

 同じく交代出場で2ゴールを奪った天野も、「今日はサブの選手たちみんなでいいウォーミングアップ、いい準備ができましたし、5人の交代枠があるので、本当にサブの選手たちが流れを変える、そういう意識を持ってみんなでやっていました。今日はそういったいい準備がこういう結果を生んだと思います」と全員でモチベーションを高く保ちながら戦えたことの成果を誇る。

シーズン初勝利は「すごく大きな一歩」

 そして、「声」がもたらすエネルギーの重要性も感じたようだ。

「(水沼)宏太くんだったり、(大津)祐樹くんだったり、途中から入ってきた経験のある選手たちがチームを引っ張って、ポジティブな声を出して、苦しい時間帯でも声を掛け合ってサポートできたので、チームが1つになっているなというのは感じたし、それが勝利につながったので、すごく大きな一歩だったかなと思います」

 苦しい時こそ下を向くことなく、チーム全員で助け合って、自分たちが積み上げてきたアタッキング・フットボールを続けること。勝利のために全員が必死に、一丸となって邁進することの重要性を改めて感じた。ちょっと気落ちしそうになっても、前向きなひと声がかかるだけで背筋が伸び、顔が上がり、疲れていてもプレーに活力が戻る様子が何度も見られた。

「声」がいつも以上によく聞こえてきたのは無観客ゆえだろうが、「彼らはいつもピッチの上でああやって声を掛け合って戦っているんだ」というのを実体験できたのは貴重な経験だった。誰かの心が折れそうになっても、支え合うことでより大きなエネルギーを生み出せるし、助け合うからこそ最後まで戦い抜けるのだ。

 無観客ではあるが、ファン・サポーターの「声」が選手の力になっていることも間違いない。試合前のウォーミングアップ中にはファン・サポーターからの熱いメッセージが読み上げられ、LINE LIVE上で行われたデュアルスタジアム企画では1万6000人以上が声援を送ったという。そしてスタッフ総出で設置し、三ツ沢のホームゴール裏とバックスタンドを埋めた約6200枚のトリコロールフラッグも壮観だった。1つひとつ、1人ひとりの「声」や思いがピッチで戦う選手たちの力になっている。

 試合終了とともに流された、勝利の『コーヒールンバ』にも感慨深いものがあった。録音音声で流された初めてのチャントだ。選手たちが無人のスタンドに挨拶に行き、勝利を報告する。無観客なのに、いつも通りの風景が戻ってきたようだった。

 次節からは観客を入れての試合開催になり、ピッチと客席の距離が遠い日産スタジアムでは選手たちの「声」が聞こえづらくなるかもしれない。それでも「見にきてくれている人が多ければ多いほど、選手たちにパワーがみなぎってくるところもある」と水沼が語る通り、ファン・サポーターの「声」はピッチに届いて戦う力となり、これまでと変わらずチームメイト同士で鼓舞しあう姿も見られるだろう。

 マリノスは中断期間中に1つのスローガンを掲げた。「トリコロールの絆。いまこそ強く。」と。湘南戦のシーズン初勝利は、リーグ戦のただ1試合の勝ちに過ぎないかもしれないし、試合中にはミスも改善点も課題もたくさんあるが、この言葉通りの精神がクラブやファミリー全体に根づいていると感じられる、充実した無観客試合体験だった。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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