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日本代表 2年前

サッカー日本代表、歴代背番号9の系譜。中山雅史、西澤明訓、高原直泰、岡崎慎司、W杯で最もゴールを決めたストライカーは…

シリーズ:日本代表、背番号の系譜 text by 編集部 photo by Getty Images

日韓W杯

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トルコ戦の先発メンバー

監督:フィリップ・トルシエ
戦績:ベスト16

背番号9:西澤明訓(セレッソ大阪)
生年月日:1976年6月18日(25歳)
個人成績:1試合出場/0得点0アシスト

西澤明訓は2001年の冬、セレッソ大阪からエスパニョールへ活躍の場を移した。しかし、半年でわずか6試合しか出場できず、01/02シーズンに移籍したイングランドのボルトンではリーグ戦に出場することできなかった。そして、ワールドカップイヤーの02年、J2に降格した古巣C大阪に復帰することを決めた。

5月に日本代表が欧州遠征をおこなう中、チームに帯同していた西澤は虫垂炎にかかり緊急手術を受けている。メンバー入りに暗雲が立ち込めたが、ワールドカップ本大会のメンバーにはなんとか選ばれた。高原直泰が落選し、中村俊輔に代わって中山雅史が10番を背負ったこともあり、25歳のストライカーには9番が与えられた。

セレッソの前線でコンビを組む森島寛晃が第3戦のチュニジア戦でゴールを決めたのに対し、グループステージで西澤に出番が回ってくることはなかった。それでもチームは2勝1分でノックアウトステージに進出。すると、トルコ代表と顔を合わせたラウンド16で、西澤にこの大会で初めて出場の機会が回ってきた。

フィリップ・トルシエは、前線が本職ではない三都主アレサンドロと西澤の2トップを採用した。西澤は61分に右サイドのクロスを頭で合わせたが、シュートはGKの正面に。試合終盤に攻勢を強める中でミドルシュートを放つも、枠を捉えることはできなかった。最終ラインのミスから早い時間に先制を許した日本代表は最後までゴールを割ることができず、0-1で敗れている。

西澤がワールドカップのピッチに立ったのはトルコ戦の90分のみだった。ヨーロッパで出場機会を得られず、大会前に虫垂炎というアクシデントに見舞われた背番号9にとっては、不完全燃焼の大会だったと言えるだろう。

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