「自分に殺意すら覚えた」吉田麻也が苦んだ末に掴んだ信頼。サッカー日本代表主将が迎えた岐路、「一番の願い」とは?【21/22欧州日本人総括コラム】

2022年07月05日(火)8時00分配信

シリーズ:21/22欧州日本人総括コラム
text by 舩木渉 photo Getty Images
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負傷離脱で一変したクラブでの立場



 負傷離脱していた約2ヶ月の間に、吉田を取り巻く状況は大きく変わった。実戦復帰した時にはマルコ・ジャンパオロ監督の就任から約1ヶ月が経っており、その後は出場機会が激減してしまう。

「若い時から先輩たちに『代表の前に怪我するな』と言われていました。それは僕も重々理解した上でプレーしていたんですけど、自分でも思いがけない怪我をしてしまった。誰が見てもそういう年齢になってきたのは認めざるを得ないですし、大切なのは怪我を繰り返さないこと。怪我の頻度を減らさないと。

長谷部(誠)さんも31歳か32歳くらいの時に怪我があって、(長友)佑都も30代前半に肉離れを繰り返している時期がありました。みんなそういう時が来るので、僕は自分自身の体はタフだと思っていますけど、それを過大評価せずに、しっかりとケアを突き詰めてやらなければいけないなと改めて感じました」

 3月に日本代表に復帰した際、吉田は重要な時期に負傷したことを強く悔やんでいた。カタールワールドカップ出場権獲得に大きく貢献したのは間違いないが、負傷離脱のタイミングで監督交代などが重なり、所属クラブでの立場は苦しいものになった。

 昨年9月にインテル戦でゴールを挙げた直後にフェレーロ前会長から「君は2年間の契約延長にふさわしい」と言われたことを、吉田は地元紙のインタビューの中で明かしていた。それほどまでに信頼を勝ち取っていたにもかかわらず、後ろ盾でもあった会長や重用してくれた監督がクラブから去り、今年6月末の契約満了が近づくにつれて状況は厳しくなっていった。

 サンプドリアはジャンパオロ監督の就任後、4-4-2からトップ下を置く4-3-1-2、そして終盤には4-1-4-1と次々にシステムを変更するなど戦い方の軸を定めきれないまま迷走した。最終的には1節を残してセリエA残留を決めるという綱渡りのシーズンになった。

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