Home » 日本代表 » サッカー日本代表、ワールドカップ背番号の系譜【16〜20番】世界を相手に戦った偉大な男たち » Page 5

背番号20


【写真:Getty Images】


フランスW杯:川口能活(横浜マリノス)
生年月日:1975年8月15日(22歳)
個人成績:3試合4失点
戦績:グループステージ敗退

日韓W杯:明神智和(柏レイソル)
生年月日:1978年1月24日(24歳)
個人成績:3試合0得点0アシスト
戦績:ベスト16

ドイツW杯:玉田圭司(名古屋グランパス)
生年月日:1980年4月11日(26歳)
個人成績:2試合1得点0アシスト
戦績:グループステージ敗退

南アフリカW杯:稲本潤一(川崎フロンターレ)
生年月日:1979年9月18日(30歳)
個人成績:2試合0得点0アシスト
戦績:ベスト16

ブラジルW杯:齋藤学(横浜F・マリノス)
生年月日:1990年4月4日(24歳)
個人成績:0試合0得点0アシスト
戦績:グループステージ敗退

ロシアW杯:槙野智章(浦和レッズ)
生年月日:1987年5月11日(31歳)
個人成績:1試合0得点0アシスト
戦績:ベスト16

 1998年フランスW杯では、GK川口能活が20番だった。1997年2月の代表デビューからすぐに定位置を手にした若き守護神は、フランスW杯で3試合全てに出場した。日韓大会は楢崎正剛にポジションを譲ったが、背番号23で臨んだドイツ大会は再び守護神を務めた。

 2002年日韓W杯では、MF明神智和が20番を背負った。明神は3-5-2の右サイドで守備的な役割を担当。左サイドに攻撃的なMF小野伸二を置くためにバランスを取った。

 ドイツW杯では、FW玉田圭司が20番のユニフォームを着た。2004年のアジアカップで活躍して印象を残した玉田は、第2戦クロアチア代表戦に途中出場。第3戦のブラジル代表戦では先発を務め、前半に先制点を決めている。その後、後半の4失点で逆転負けを喫したが、日本中に希望を与えた瞬間だった。

 2010年南アフリカW杯では、MF稲本潤一が20番を付けた。稲本は2007年のフランクフルト時代から川崎フロンターレ時代にかけてクラブでも20番を着用。2002年日韓W杯で2ゴールを挙げた稲本は、2010年に2試合に途中出場した。

 2014年ブラジルW杯は、MF齋藤学が20番を背負った。前年の7月にデビューした齋藤は、サブとして出番を待ったが、本大会で起用のタイミングは訪れなかった。

 2018年ロシアW杯は、DF槙野智章がこの番号を背負っている。2010年に日本代表デビューを果たした槙野は、南アフリカW杯で予備登録メンバーになり、ブラジルW杯では声がかからず。ロシア大会で31歳にしてようやくW杯デビューを飾った。

【了】

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