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解任したのに…。ハリルホジッチの考えこそがジャパンズウェイだった。酷似していた両者の項目とは?【独占インタビュー3】

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 植田路生 photo by Getty Images

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ヴァイッド・ハリルホジッチがサッカー日本代表監督を解任されてから約4年、日本サッカー協会は「ナショナル・フットボール・フィロソフィーとしてのJapan’s Way」を策定したことを発表している。ただ、これは偶然にもハリルホジッチが日本代表に落とし込もうとしていたものと類似するものだった。(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子【フランス】/本文3973字)※全文を読むには記事の購入が必要になります。

ハリルホジッチが定義するFWに必要な能力

 試合終了直後、選手たちは再び動けなくなっていた。膝をつき、倒れこみ、ピッチに寝転がり天を仰いだ。ロシアと同じ光景がカタールでも広がっていた。

 カタールワールドカップでも日本代表はベスト8に届かなかった。PK戦でクロアチアに敗れ、通算4度目となるベスト8への挑戦も失敗に終わった。

 かつて日本代表を率いていたヴァイッド・ハリルホジッチは「上出来だ」と一定の評価をしつつも、チームアイデンティティやプレー原則などさまざまな構造的な問題を指摘。本人へのインタビューによって、チームづくりの根幹をなす重要部分については第1回・第2回の記事に詳細を記載した。

 それ以外の重要な要素として、ハリルホジッチはストライカーの重要性を説いた。

「戦術も大事だが、メッシやエムバペのような際立った個の力をどう抑え込むかを考える必要がある。こうした選手が相手にいる場合は、ディフェンスには特別な戦術が求められる。(ビッグトーナメントに勝つのに必要なのは)、優れたゴールキーパーと傑出したストライカーだ。あまりうまくいっていない試合でも、そうしたストライカーがわずかなチャンスの中から点をとったらそれだけで試合に勝つことができる。とくに近年のモダンサッカーでは間違いなく、この2つのポジションが重要だ」

 日本に限らず優秀なストライカーは多くない。日本代表の歴史を振り返っても、いわゆる「点取り屋」で勝ち抜いた例はない。2006年ドイツワールドカップの高原直泰がそうなる可能性はあったが、本人が調子を落としておりチームも惨敗に終わった。

「ストライカーにはエゴイストの要素が必要だ。日本では、『自分が、自分が』というよりも、『仲間で』という意識のほうが強い。ただ、この先ワールドカップでもう1つハードルを超えたいのであれば、世界クラスのストライカーの存在が1人か2人は不可欠だ」

 ハリルホジッチのストライカー=FWへの評価は厳しい。日本では唯一、武藤嘉紀を体格とスピードの観点から認めていたが、それでも「突き抜けてはいない」と。ハリルホジッチ体制ではよく代表に選ばれていた武藤だが、その後はコンスタントに招集されているわけではない。

日本でストライカーを発掘することは可能なのか?

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督と武藤嘉紀
【写真:Getty Images】

 世界的に不足しているストライカーを見出していくのは簡単ではないが、ハリルホジッチは「発掘することは可能だ」と言い切る。

「育成の段階、トライアルの段階で、見極めなければならない。トライアルに来る15〜17歳くらいの若い選手の中には、将来国際的なストライカーとなれる素質を秘めた選手がいる。そうした才能を持つ選手を見つける必要がある。

 将来ゴールスコアラーになれるであろう素材を、若いうちに発見して、そして育てる。もちろん、しっかり育つよう、その後の取り組みは必須だ。日本には、ドリブルや細かい足技がうまく、技術に優れた選手が多い。なのでいわゆる『10番』タイプではいい選手がいるが、ストライカー、ゴールゲッターがいない」

 自分がFWだったこともあり、ストライカーへの熱意は並々ならぬものがある。一般的に“ゴールへの嗅覚”と呼ばれる才覚についても「日本人にもいる。探せば見つかる」と念を押す。

「日本ではいたるところでサッカーが行われている。人材は豊富なはずだ。そしてもしそうした人材を見つけたら、徹底的にスコアラーに育て、伸ばしてやることだ」

 そして繰り返す。「私なら見極められる」と。

 ストライカーという絞ったポジションの話だが、要は選手の特長を活かすということだ。ハリルホジッチはFWに必要な能力も定義していた。そのような規定があれば、本来はストライカーへの特性があった選手を別のポジションで育成することもない。指導者ごとにバラバラな基準で選手育成が行われている現状では、“育てられなかった”選手が多発することは残念ながら避けられない。

目的不明の「ジャパンズウェイ」

ヴァイッド・ハリルホジッチと田嶋幸三
【写真:Getty Images】

 ハリルホジッチ解任後に、「ジャパンズウェイ」という言葉が日本サッカー協会(JFA)から発信されたのを覚えている人は多いだろう。

 ロシアワールドカップ直後に日本サッカー協会の田嶋幸三会長が記者会見の中で突然使用した。当時は、森保一監督の就任タイミングと合わさったこともあり、<日本人に合ったサッカー><今後は日本人監督で>という文脈もあったため物議を醸した。

「日本人」というカテゴリーは主語が大きすぎる。20世紀ならいざ知らず、シュミット・ダニエルらルーツの異なる選手たちが代表チームに選ばれる現状では、「日本人」という大きな分類から適性のあるサッカーを求めることに意味はない。「日本人は俊敏だが体格で劣る」などという言説はあまりに雑で間違ったプロセスを生み出しかねない。

 また、ハリルホジッチ解任の余波がある中での監督の日本人“縛り”は、自分たちの選択を正当化する手段とも受け止められた。「あんな不明瞭な解任をする国には誰も呼べない」という皮肉への返す刀はない。仮説検証が煮詰まらないまま表に出された「ジャパンズウェイ」は、目的が不明なまま言葉だけが宙に浮いていた。

 そこから4年が経ち、「ジャパンズウェイ」は大きな進展を見せる。日本サッカー協会は「ジャパンズウェイ」を「ナショナル・フットボール・フィロソフィー」と定義し、サッカー関係者と共有するビジョンと位置づけた。22年7月には公式サイトにその全容が掲載されている。策定の中心者はかつてのU-20日本代表監督で現在JFAユース育成ダイレクターを務める影山雅永氏だ。

 主に「代表強化」「ユース育成」「指導者養成」「普及」の4つの視点で構成されている。当初と正反対なのは「日本人のサッカー」という概念を否定していることだ。多様性を打ち出しており、「日本人はこうだ」という根拠なき決めつけは一切ない。はじめからこれを前面に出すべきだったという疑問はあるが、少なくとも旧態依然としたナショナリズムから脱却できたのは大きな前進だ(フィジカルフィットネスのイメージ写真としてバスケットボールの八村塁を使用していることは少なくない意味がある)。

 また、一番の驚きだったのは代表についての項目だ。ハリルホジッチの考えにかなり近いものだったからだ。

ジャパンズウェイはハリルズウェイ?

ヴァイッド・ハリルホジッチは分厚い資料を用意して選手に渡していた。
【写真:植田路生】

 ハリルホジッチへのインタビュー記事の第2回で、チームづくりの基本がビジョン・アイデンティティ・決まり事(=プレーの原則)であり、対戦相手によって戦い方は変わるため、その都度戦力を最大化するためのプロセスの整備であることを紹介した。

 一方の「ジャパンズウェイ」も、ビジョンとアイデンティティを決め、そこに沿った「望まれる選手像」を規定している。そして、「日本サッカー」が可変的であり、そこに至るやり方を構築するとしている。

 組織構築の考え方としてはほぼ一緒と言っていい。戦略策定の基本に沿っているので似た部分が出るのは当然なのだが、監督解任から4年後にここまで似たものがアウトプットされるとは……。自分たちの意思決定を追認するのとは逆の動きを選択したことはポジティブな意味で驚きだった(余談だが、目指すべき姿について「あるべき姿」ではなく「ありたき姿」という表現を使っていることも見逃せない)。

 プレービジョンに関しては、さらに酷似している。仔細は省くが、例えば「素早い切り替え」「ハードワーク」「ボールの重要性(素早いボール奪取)」「プレー原則の重視(システム・ポジションに関係なくプレーできる)」などが重要視されている。ここまで同じだとハリルホジッチのトレースではないかと錯覚するほどだ。

 ただ、最も重要なのはこれを適切に運用することだ。例えば、「素早い」とは具体的に何をもって素早いのか、そしてどういう状態であればそれを素早いと評価できるのかはまだ定められていない。評価基準が不透明なままでは、どんなに正しかろうビジョンを掲げても選手たちに落とし込むことはできない。

世界はさらに進んでいる

 カタールワールドカップでは選手主導で戦い方を可変させ、突発的な戦術にも対応していた。選手たちにとって望ましい状態ではあるが、それは育成における成果を評価することができてもチームとしての評価とイコールではない。そして、その状態は大会後も続いている。

 ビジョンと実際のプレーおよびそこを規定する戦術の接続点となれる存在が今は見当たらない。今後、ジャパンズウェイについてはアクションプランを定めていくとなっているが、誰がどういう基準で定めて、果たしてそれが競合優位性につながるのかは見えてこない。

 日本代表は2050年にワールドカップ優勝、2030年までにはベスト4を目指している。試合によってはトーナメントで結果が出る可能性はある。だが、優勝やベスト4の達成は結果であって、本来重視すべきは、その目標を成し遂げるために必要な状態目標の設定と、そこに至るプロセスを整備することだ。

 ワールドカップに初出場してから約25年が経ち、4度ベスト8の壁に跳ね返されている。その壁はPK戦の技術力といった局所的な話ではなく、組織的な部分にある。ベスト8以上を目指すのであれば、本当に求めているのが結果なのか、状態=ありたき姿なのかは見極めなくてはならない。そうでなければハリルホジッチのような優秀な指導者を下らない利害関係によって解任する悲劇は再現されてしまう。

 そして、ジャパンズウェイのアクションプランを可及的速やかに決めることだ。次のワールドカップは迫っており、4年後に決まるようでは大会は終わってしまう。そして、世界はさらに進んでいる。

 ハリルホジッチは言う。「さらに上を目指すには学ぶことが多い」と。結果だけを見ればワールドカップベスト8まであと一歩だ。しかし、そこを超えるためにやるべきことはあまりに多い。

 繰り返しになるが、ハリルホジッチを解任していなければ、その遠い道のりを4年短縮できたのだ。

(取材・文:植田路生、翻訳協力:小川由紀子)

【了】

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