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なぜ転落…。日本の「消えた天才」サッカー選手(10)日本復帰で大低迷…。スペイン名門が認めた才能は?

シリーズ:日本の消えた天才10人 text by 編集部 photo by Getty Images

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若くして評価され、「天才」と称される選手たちがいる。しかし彼らがそのままスター選手として活躍し続ける保証はない。怪我やプレッシャーに苦しみ、コンディションを落としていく者もいる。今回は大きな期待を背負いながらも才能を発揮しきることのできなかった日本人選手を紹介する。※成績は『transfermarkt』を参照。


MF:玉乃淳

生年月日:1984年6月19日
主な在籍クラブ:東京ヴェルディ、徳島ヴォルティス、横浜FC
現所属クラブ:-

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 欧州クラブの育成組織で育って大成した日本人選手の代表として久保建英の名前があげられるが、彼に先んじてスペインの地で少年時代を過ごした天才がいた。玉乃淳である。ジュニア時代から東京ヴェルディでプレーしてきたエリートは、1999年のナイキプレミアカップで見せた活躍によってアトレティコ・マドリードの下部組織から声をかけられた。

 玉乃は日本を離れてアトレティコ・マドリードのユースチームでプレーすることを選択する。この時代に元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスと2トップを組んだのは有名な話だ。ここで活躍していた玉乃であったが、外国人枠の問題によりクラブのBチームに昇格できなかったこともあって、2002年にヴェルディに復帰することとなった。

 しかしその後の玉乃はフィジカル面で伸び悩んだこともあり歯車が狂いはじめ、ポテンシャルを発揮しきることができなかった。ヴェルディでトップチームデビューを果たすも、2005年までの在籍4シーズンでリーグ戦の出場が26試合にとどまってしまう。出場機会を求めて徳島ヴォルティス、横浜FCに移籍するがここでもかつての輝きを取り戻せず、怪我も影響して2009年にザスパ草津で現役を引退した。25歳で引退という短いキャリアであったが、玉乃は欧州を目指す日本人選手の先駆けの1人となった。

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【了】

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