始まりは、昨夏のパリ五輪だった
「凄く頼もしくなっていたし、最近はキャプテンマークを巻くにふさわしい存在になっている。声掛けひとつとっても大人だなと思う。何よりモチベーターというか、チームを鼓舞する声をすごくかけている」
大関の言うように、ピッチ上での所作や言動には明らかにリーダーの風格が宿っている。ピッチ外では変わらないようだが、ピッチで見る高井の姿は明らかに変わった。
きっかけは、昨夏のパリ五輪だった。
「最後のクオリティを、差を感じたというか。実力で負けた。日本では“質”って言葉をよく使いますけど、それを目の前で見せつけられた試合。もっと成長しなきゃいけないなと思いました」
小学5年生のときに川崎フロンターレの育成組織に加わった。それ以来は川崎一筋。高校2年生のときにプロ契約を結び、その2ケ月後にトップチームデビューを果たした。同い年の大関友翔や松長根悠仁より一足先にトップチームに昇格し、パリ五輪にはチーム最年少で出場している。
周りから見れば順調そうに見えるキャリアを歩んでいたが、衝撃を受けた。U-23日本代表が敗れた準々決勝のU-23スペイン代表戦。ピッチの向こう側で同じポジションを務めていたのは、17歳のパウ・クバルシだった。
「相手のセンターバックが僕より2個も3個も下なのに、こういうところで実力を発揮していた。自分にまだ足りないものがあると痛感した」
いつも飄々と質問に答える高井だが、この時ばかりは悔しさで涙がにじんだ。スコアではなく、試合運びや決定力、組織としての成熟度。大舞台で感じた彼らとの差を埋めるには、日常から取り組んでいくしかないと悟った。