麻薬王と悲劇のDF。南米王者アトレティコ・ナシオナルと絡み合う2人のエスコバル

今日、クラブW杯初戦を迎える南米王者アトレティコ・ナシオナル。飛行機事故に見舞われたシャペコエンセの対戦相手であり、優勝を譲ったのがこのコロンビアの強豪だ。だが、かつては危険な匂いのするクラブだった。そこにはエスコバルという名の2人の有名人が大きく絡み合う。(取材・文・撮影:北澤豊雄)

2016年12月14日(Wed)10時10分配信

text by 北澤豊雄 photo Toyoo Kitazawa , Getty Images
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今なお忘れられぬ、エスコバルの存在

ボゴタの旧市街に貼られたアンドレス・エスコバルのポスター。2014年6月撮影【写真:北澤豊雄】
ボゴタの旧市街に貼られたアンドレス・エスコバルのポスター。2014年6月撮影【写真:北澤豊雄】

 コロンビアの首都ボゴタの旧市街を歩いたとき、ふと、足をとめたくなる光景にぶつかった。クラブW杯のために20時間ほどかけて来日している南米王者アトレティコ・ナシオナルの往年の名プレイヤー、アンドレス・エスコバルのポスターだった。

 古い劇場の裏手付近の太い支柱にびっしりとおよそ10枚。故人となってもなお、コロンビアのサッカーファンは彼の雄志が忘れられないのだろう。この日は2014年6月、彼が射殺されてからちょうど20年が経っていた。その間に、世界でもっとも危険な国といわれたコロンビアの国情も、マフィアに掌握されたアトレティコ・ナショナルの体質も、ずいぶん様変わりしていた――。

 遠い地球の裏側から、コロンビアのスター軍団が上陸した。アトレティコ・ナシオナルの創立は1947年、3年後に現在のクラブ名になった。コロンビアリーグが創設された1948年以降、リーグ優勝最多の15回を誇る名門クラブである。

 本拠地はコロンビア第2の都市で「常春の街」として知られる人口約250万人のメデジン。この地に誕生したことがのちにチームの色を一気に変えてゆくことになるのが、その点は後述したい。

 コロンビアリーグ創立後の1954年にリーグ初優勝を遂げたのは、アルゼンチン人監督によるテコ入れだった。第1回W杯でアルゼンチンが準優勝したときのき中心選手だったフェルナンド・パテルノステールがクラブの礎を築いている。この例に限らず、そもそもコロンビアサッカー界はアルゼンチン人と共に発展してきた。リーグ得点王はおよそ40年間ものあいだ、アルゼンチン人たちが独占してきたほどである。

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