「天才」家長昭博が川崎Fを選んだ理由。30歳での決断。「模索中」のサッカー人生

元日本代表のMF家長昭博が、大黒柱としての居場所を築きあげた大宮アルディージャから川崎フロンターレへ新天地を求めた。ガンバ大阪ユース時代から「天才」と称されてきたレフティーにとって、14年間のプロサッカー人生で延べ9つ目のチーム。何が彼を駆り立て、30歳にして新たなチャレンジを決意させたのか。いま現在の思いだけでなく、これまでの語録も踏まえながら、家長が追い求めているものを探った。(取材・文・藤江直人)

■プロフィール
家長昭博(いえながあきひろ)
1986年、京都府生まれ。ガンバ大阪ジュニアユース、ユースを経て、2004年にトップチームデビュー。当時から「天才」と称される。2011年にはスペイン1部・マヨルカへ移籍。トップ下として活躍。出場機会が減ると、韓国1部・蔚山現在、古巣のガンバ大阪に期限付き移籍。2013年にマヨルカへ復帰し、2014年からは大宮アルディージャでプレー。2017年に川崎フロンターレへ完全移籍すると、チームのJ1初優勝に大きく貢献。なお同時期にガンバ大阪ジュニアユースにいた本田圭佑とは生年月日が一緒だが、本田はユースに上がれなかった。日本代表では3試合出場。

2017年01月27日(Fri)12時13分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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「移籍するときは、馴染めるかいつも心配」

川崎フロンターレに加入した家長昭博
川崎フロンターレに加入した家長昭博【写真:藤江直人】

 高校卒業を待たずにユースからトップチームへ昇格し、ガンバ大阪でプロとしての第一歩を踏み出したのが2004年7月。新たにユニフォームに袖を通した川崎フロンターレが、14年間で延べ9つ目のチームとなる。もっとも、移籍を決断するたびに家長昭博は一抹の不安を抱いてきた。

「移籍するときには、(新しいチームに)馴染めるかどうかいつも心配なんですけど」

 今回は杞憂に終わる。始動を目前に控えた今月14日。フロンターレの公式ツイッターが、バナナのかぶり物をした姿で、笑顔を浮かべながらバナナをほおばろうとしている家長の画像を公開した。

 大黒柱の中村憲剛であれ誰であれ、フロンターレにはスポンサーの食品大手ドールとのコラボレーションで、バナナをかぶる伝統がある。クールで寡黙なイメージが強い家長がさっそく実践している姿は、ファンやサポーターの反響を呼んだ。

 キャンプ中の22日午後に宮崎県から一時帰京して、他の新加入選手とともに臨んだ2017シーズンの新体制発表記者会見では、挨拶の順番が回ってきたときに「パーソナルな紹介を自分でしようと思います」とおもむろに切り出した。

「サポーターの方々からは、よく『あまりしゃべらへん、笑わへん』と思われますが、茶目っ気たっぷりのよく話す関西人なので、気軽に話しかけてください。ちなみに、好きな食べ物はバナナです」

 ここでもバナナを強調。軽妙なトークとともに、会場となった川崎市内の昭和音楽大学に集まったファンやサポーターの爆笑と拍手を誘った。会見終了後には、ツイッターの件も含めてこんな言葉を残してもいる。

「フロンターレは馴染みやすくて、自分でもびっくりしています。このクラブは、以前からPR活動とかがすごいじゃないですか。来てみて実際にすごいと思いました。性格ですか? あまり変わっていないですよ。内々ではいつもこんな感じでしたので」

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