饒舌な今野泰幸、これぞ絶好調の証。ガンバ7連勝の立役者、苦しみ抜いた末に取り戻した躍動感

2018年11月06日(Tue)13時29分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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「本当にやばい」危機感が募った前半戦

 ガーナ代表との壮行試合へ向けた、日本代表メンバー27人の顔ぶれを発表した5月18日の記者会見の席上で、西野監督は今野に関してこんな言葉を残している。3大会連続となるワールドカップ代表入りへの可能性をゼロにした自身の決断に、今野は後悔を抱いていなかったのか。

「右足首をけがしてからは正直、あきらめていました」

 敵地・埼玉スタジアムで浦和レッズを3-1と一蹴。7連勝を達成した今月3日の明治安田生命J1リーグ第31節後に胸中を直撃すると、たとえようのない不安と戦っていたと今野は明かしてくれた。

「当時の足の状態ならば、(ロシアワールドカップでの代表入りは)まず無理だと思っていたので。プレーしたい、という気持ちはもちろんあったけど、100%の状態にはほど遠かった。開幕から満足にプレーができていなかったし、このまま1年間ダメなのかなと思うこともあったので」

 一刻も早く右足首の不安を取り除き、ガンバの力になりたかった。術後の診断は右足関節前方インピンジメント症候群で、全治までは約2ヶ月。正念場となる後半戦の戦いに間に合うかもしれない。いや、必ず間に合わせてみせる。悲壮な決意を抱かせるほど、外から見ていたガンバの状態は悪かった。

 5年間指揮を執った長谷川健太監督に代わり、かつてライバルのセレッソ大阪を率いたブラジル人のレヴィー・クルピ監督が就任した今季。ガンバは開幕から苦戦が続いた。前監督のもとで喫した10敗のうち、6つまでが1点差。肝心な場面で球際における強さと粘りを欠いた。

「正直、このままじゃ確実にJ2へ落ちてしまう、本当にやばいと思っていた。選手たちはみんな頑張っていたけど、それでも勝てない。僕が見ていても原因がよくわからなかったけど、それでもガンバはJ2へ落ちてはいけないチーム。少しでも貢献して、何がなんでも残留したいと思って」

 今野にとって、J1残留争いを経験するのは初めてではない。コンサドーレ札幌時代の2002年。FC東京時代の2010年。そして、ガンバで1年目の2012年。すべて所属チームを救えなかった。とりわけ、期待を背負って移籍しながら、クラブ史上初のJ2降格を喫した2012年は心身ともに打ちのめされた。

「あのときはプレッシャーがありすぎて。8対2でプレッシャーのほうが多かった」

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