内田篤人はなぜ「クラブW杯より天皇杯がほしい」のか? 鹿島をファンを愛するその素顔

2018年11月23日(Fri)11時10分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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異例ともいえる過密日程を乗り越えた鹿島

 そして、獲得したタイトルを「20」の大台に到達させてから初めて臨む公式戦で、頼れるベテランは戦列に帰ってきた。21日に山梨中銀スタジアムで行われた、J2のヴァンフォーレ甲府との天皇杯全日本サッカー選手権準々決勝。18人のエントリーメンバーのなかに、背番号2も名前を連ねていた。

 ベンチ入りを果たすのは左太ももを痛めて後半途中に退場し、その後の精密検査で全治6週間と診断された、10月10日の横浜F・マリノスとのYBCルヴァンカップ準決勝ファーストレグ以来となる。その間に行われた公式戦7試合を、アントラーズは文字通り総力戦で乗り越えてきた。

 ルヴァンカップこそ準決勝で敗退したものの、水原三星ブルーウィングス(韓国)とのACL準決勝セカンドレグを3-3で引き分け、2戦合計6-5で決勝進出を決めた。離脱直前の内田がファーストレグの後半アディショナルタイムに決めた、アントラーズ復帰後で初めてとなるゴールが結果的に雌雄を決した。

 クラブ史上初の決勝進出は、終盤戦のJ1のスケジュールをも変更させた。ACL決勝と完全に重複したセレッソ大阪との明治安田生命J1リーグ第31節が3日、柏レイソルとの同第32節が4日、当初のスケジュールからそれぞれ前倒しされる形で開催された。

 結果として10月31日のセレッソ戦からACL決勝ファーストレグ、レイソル戦をすべて異例とも言える中2日で戦い、長時間の移動を要するACL決勝セカンドレグへもレイソル戦から中3日で臨まざるを得なくなった。アントラーズはメンバーをターンオーバーさせて、すべての試合で勝ちにいった。

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