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Jリーグ 5年前

鳥栖が未来を賭けた「劇薬」と「伝説の夜」。社長の“ぶれない姿勢”がJ1残留の分岐点

text by 藤江直人 photo by Getty Images

「ダメだったらミョンさんも切腹する覚悟だったというか」

 最終的にはフィッカデンティ前監督が退任を希望。サポーターミーティングが開催されたその日に契約解除と、金明輝新監督の就任が正式に決まった。そして、ミーティングの冒頭ではフィッカデンティ前監督も、ともに解任された腹心のブルーノ・コンカ前コーチとともにサプライズ的に登壇した。

 驚いたサポーターから大きな拍手で迎えられた2人は、10分以上にわたってサガンへの感謝の思いと、J1残留へのエールを送った。解任された監督やコーチが、ファンやサポーターの前に姿を現すのは極めて異例のケース。挨拶を終えた2人を握手で送り出した後に、竹原社長がこう言葉を紡いでいる。

「今日は『皆さんは何を信じているか』と問いたい。僕たちは最善を尽くしています。それがノーという方もいるでしょう。社長は辞めろという方もいるでしょうけど、いまは残留することが一番です。同時に来年のことも考えていかなければいけない。それが10年後、20年後のサガン鳥栖につながる。

 僕はもうすぐ60歳になります。20年後は80歳です。もう生きていないでしょう。そのときにサガン鳥栖がどうあるべきかを考えると、今日の決断と20年後から見た決断が少し異なることもあると申し上げたい」

 時間がなかったこともあり、金明輝新監督はサガン鳥栖U-18監督としての契約のままトップチームの指揮を執った。ゆえに契約期間も何もない。再びJ1の舞台で戦う、来シーズンに関してもどうするのかも未定。サガンの窮地を救う、という思いで託したバトンを受け取ってくれたと竹原社長は振り返る。

「退路を断って残り5試合に臨む覚悟というか、ダメだったらミョンさん(金明輝監督)も切腹する覚悟だったというか。ひとつになるという意味において、チームのなかから(次期監督を)出した方がいいという結論に達した。そのなかで最善の手段を考えたときに、ミョンさんの名前が出てきた。サガン鳥栖のU-18を短期間で強くしたことは全員が知っているし、その彼は運ももっていると僕は思っているので」

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