「精神的に弱すぎた」若きエース。3戦全敗、初の大舞台で日本代表が経験したものとは?【日本代表平成の激闘史(5)】

時代は平成から令和へと代わり、その間、ワールドカップに6回連続出場を果たすなど、日本代表は大きな躍進を遂げた。時代は変われども、後世へと語り継ぎたい日本代表名勝負を振り返る本企画。今回は平成10(1998)年6月に行われた、フランスワールドカップでの日本代表の戦いを回顧する。(文:元川悦子)

2019年05月16日(Thu)10時00分配信

シリーズ:日本代表平成の激闘史
text by 元川悦子 photo Getty Images
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カズ落選に動揺が走る

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無得点に終わった城彰二【写真:Getty Images】

「外れるのはカズ、三浦カズ」

 平成10(1998)年のフランスワールドカップと言えば、本番のアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカとの3試合以上に、大会前のこの言葉が強烈な印象として残っている。

 6月2日、スイス・ニヨンで行われた青空会見で、岡田武史監督が長年エースとして君臨してきたカズ(三浦知良)を登録メンバー22人から外すという決断を下したことは、フランス大会に初参戦する日本代表に大きな影響を及ぼしたのは間違いない。

「メディアの囲み取材で、岡田さんが『城をエースにさせると言っていました』と記者の人に言われて、自分は驚きました。説明はなかったから。僕自身、三浦知良って選手は日本のパイオニアだし、FWとしての能力がすごく高くて、人間としても憧れていた。そのカズさんが『自分の存在によって外された』という思いが強かった。『自分がエースの座を勝ち取った』とは思えなかった。そこが自分の弱さでしたね」

 城彰二(解説者)はのちにそう語ったが、彼筆頭にカズ不在の代表を勝たせなければいけないという責任感を抱いた選手は少なくない。

 カズ落選の衝撃を受け、当日に負傷したキャプテン・井原正巳も「動揺はもちろんありましたけど、立場的に引きずってはいけない。チームとして1つになって戦っていくことに集中しました」と複雑な胸中を吐露した。

 岡田監督は荒療治を施して、チームの爆発力を引き出そうと狙っていたのかもしれない。後から振り返れば、平成22(2010)年の南アフリカワールドカップ直前に、中村俊輔や楢崎正剛らを先発メンバーから外した時もそうだった。

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