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Jリーグ 4年前

ポステコグルー監督、横浜F・マリノス優勝に母国・豪州は熱狂。「世界中、望む場所で監督ができる」【英国人の視点】

アンジェ・ポステコグルー監督は、横浜F・マリノスを15年ぶりのJ1優勝へと導いた。指揮官は「成功というものを過度に喜ぶことはない」と、優勝の余韻に浸ることを避けたが、遠く離れた日本での成功に、母国・オーストラリアでは熱狂的な反応が起きている。(取材・文:ショーン・キャロル)

text by ショーン・キャロル photo by Getty Images

「疑問を持たれる状況の方が楽しめる」

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横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督【写真:Getty Images】

 土曜日に横浜F・マリノスがJ1優勝を成し遂げたあとにメディアが巻き起こした喧騒の中で、アンジェ・ポステコグルー監督はいささか困惑したような様子を見せていた。

 54歳の指揮官はカメラの前に立つよりも練習場に出る方を好むタイプの指導者の一人だ。サッカーについての話にはいつでも快く応じるが、進んでスポットライトを浴びようとすることはない。

 その1時間ほど前、彼のチームがFC東京に3-0の勝利を収めようとしていた。まもなく訪れる栄光の瞬間を前にして、ベンチの選手やスタッフらが彼の周りで小躍りしていたときでも、ポステコグルー監督はまだタッチライン際でピッチ上に鋭い目を向け続けていた。この勝利でタイトル獲得が決まるにもかかわらず、いつも通りに結果より内容に集中していた。

「私は成功というものを過度に喜ぶことはない」と彼は試合後の記者会見で述べ、自身のアプローチをプレーに結実させることこそが最大の関心事だと主張した。「少しくらい疑問を持たれる状況の方が楽しめるかもしれない。私のやり方を人々が疑っているくらいがね」

 任務を完了させた後でも、その栄誉に浸ること以上に、自身のチームの成功が他者にとってどのような意味を持つのかを何よりも考えていた。

「祝うのはあまり得意ではない。ただ他のみんなを見ているだけで嬉しく思える。単にリーグ優勝してチャンピオンになったということではない。15年間待たれていたことだ。選手たちにも先週話したことだが、自分がこのクラブのサポーターだとして、次の優勝を15年間待ち続けていると想像してみるといい」

他の監督とは異なる「自信」

 その「次の優勝」は、彼のおかげで今回実現することになった。本人は相変わらず冷静だとしても、母国オーストラリアではより熱狂的な反応が起きている。

「アンジェ・ポステコグルーがクラブサッカーにおける偉業を達成」。『シドニー・モーニング・ヘラルド』のヴィンス・ルガーリ氏はそう記し、4点差の勝利を必要としていたのがFC東京の側だったにもかかわらずマリノスが攻撃志向のサッカーにこだわり抜いたことを称えた。

「他のどの監督がポステコグルーの立場にいたとしても、少しくらいは戦術に手を加え、自由な攻撃よりも守備組織に重点を置こうとしたことだろう。相手が望みを繋ぐためには全力で向かってくる以外の選択肢はないと分かっていたからだ」

「だがポステコグルーは他の監督とは異なり、自らの方法論に揺るぎない自信を有している。そしてサウス・メルボルンでも、ブリスベン・ロアーでも、サッカールーズ(オーストラリア代表)でも結果が証明しているように、彼のやり方を信じた者は必ず報われてきた」

 ポステコグルーの精密かつ積極的なスタイルはマリノスにもその恩恵をもたらした。『ヘラルド・サン』のデイビッド・ダブトビッチ氏は、元オーストラリア代表監督でもある彼が同国の生んだ史上最高の指導者の一人であることが今回の勝利で示されたと主張する。

「アンジェ・ポステコグルーが横浜F・マリノスをJ1リーグタイトルに導いたことは、オーストラリア人指導者による最も偉大な国際的業績のひとつとなる」

「世界で最も競争の激しいスポーツにおいて、急速に成長しつつあるアジア大陸の中でも、日本はナンバーワンのリーグ」

「トニー・ポポヴィッチが率いたウエスタン・シドニー・ワンダラーズの2014年AFCチャンピオンズリーグ優勝も素晴らしかったが、ポステコグルーによる2019年J1リーグ優勝はサッカーにおいて一番だ」

あらゆるニュース媒体で取り上げられた

『アジアン・ゲーム』のポール・ウィリアムズ氏も、Jリーグに対する評価の高さを強調している。

「一般的に、オーストラリアはアジアのサッカー界をそれほど強くリスペクトしているとは言い難い。少しずつ変わりつつあるとはいえ、まだまだ大陸の大部分は自分たちより下だという味方がある。だが唯一の例外が日本だ」

「日本サッカー、特にJリーグはオーストラリアにおいて強くリスペクトされている。アジアで最高のリーグだと見なされており、その最大の理由はリーグ内の選手たちの高い技術力にある。AFCチャンピオンズリーグでも日本のチームがAリーグのクラブを難なく退けてきた。そういった点でJリーグへの尊敬の念は強く、他のどのリーグよりもアジアのクラブサッカーの頂点に位置すると見なされている」

「(マリノスの)優勝の意味がどれほど大きなものであったかを示すように、この週末を通してあらゆるニュースネットワークで話題として取り上げられていた。ほとんどサッカーを扱わないようなネットワークばかりだ。アンジェと横浜があらゆるメディアで報じられたことは、この話題にどれほど一般層への訴求力があるかを示している」

「世界中のどこでも望む場所で監督ができる」

 東南アジアにおける積極的な取り組みや、ヴィッセル神戸などのクラブによる大型補強の動きなどにより、海外ファンやメディアからJリーグへの注目度は高まってきている。だからこそ、ピッチ上のサッカーそのものが高いクオリティーを維持し続けることが非常に重要となる。

 ポステコグルーの成功も、それに対する母国オーストラリアでの反響も、さらなる注目度の高まりに繋がるのは間違いない。一方でポステコグルーに対しては、今回のタイトル獲得に続いて、欧州での新たな挑戦を見据えるべきだという一部評論家の声もある。

「彼は自分が勝者であることも、成功へのレシピが自分の手の中にあることも理解している。もう何度も成し遂げてきたことだからだ」。元リーズ・ユナイテッドやニューカッスル・ジェッツのFWマイケル・ブリッジスは、『オプタス・スポーツ』の番組「スコアズ・オン・サンデー」でポステコグルーについてそう語った。

「彼が日本で成し遂げたことは本当に驚異的だ。世界中のどこでも望む場所へ行って監督をすることができると思う」

「私がプレミアリーグやチャンピオンシップで一緒に仕事をしてきた中でも、彼の4分の1にも程遠い時間しか仕事をしないような、どうしようもない監督たちもいた。そういうものだ。仕事に時間をかけ、ゲームプランとシステムを構築し、スタッフに厳しい要求をする監督が欲しいのなら、彼にはそれがある。アンジェにはこれから大きな未来が待っている」

 今のところその大きな未来とは、2020年のJ1王座防衛と、ACLでの栄光を求めていくことだ。だがポステコグルーはこれまでの2年間で、どこへ行こうとも成功を収められる手法を身につけていることを証明してきた。これからまだ長く続いていくであろう指導者キャリアの中で、マリノスでの勝利もひとつの通過点となっていくのかもしれない。

(取材・文:ショーン・キャロル)

【了】

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