ヴィッセル飯倉大樹が出会った日から感じたビジャの誠実さ。「最後にタイトルを」、揃ったチームのベクトル【この男、Jリーグにあり】

ヴィッセル神戸は21日に天皇杯準決勝で清水エスパルスと対戦し、3-1で勝利を収めた。GK飯倉大樹は2度の大ピンチを救う活躍で、元日に行われる鹿島アントラーズとの決勝進出を手繰り寄せた。ダビド・ビジャの引退を「気持ちがひとつになるきっかけ」と表現する飯倉は、「キャリアの最後に、天皇杯という名のタイトルを加えられれば」とチームメイトへの思いを熱くする。(取材・文:藤江直人)

2019年12月25日(Wed)10時50分配信

シリーズ:この男、Jリーグにあり
text by 藤江直人 photo Getty Images
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握手から感じたビジャとイニエスタの誠実さ

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ヴィッセル神戸のダビド・ビジャ(左)と飯倉大樹【写真:Getty Images】

 33歳とベテランの域に達した守護神、飯倉大樹の朝は挨拶に続いて握手で始まる。今夏まで所属した横浜F・マリノスでも、出場機会を求めて完全移籍した新天地ヴィッセル神戸でも「シェイクハンズの文化って、けっこう好きなので」と笑顔を介して、チームメイトたちと手を握り合う。

「練習は午前中に行われることが多いんですけど、開始前に顔を合わせる度にみんなと握手します。日本人は『おはよう』と言葉だけで済ませちゃうけど、握手をすることは大事だと思っている。チームとして戦っていく仲間だったら、なおさら欠かせないと思っているので」

 ヴィッセルへ合流した7月29日に覚えた、新鮮な驚きはいまでも鮮明に覚えている。神戸市西区にある練習拠点、いぶきの森球技場で自己紹介を兼ねて挨拶と握手を繰り返したなかで、アンドレス・イニエスタ、そしてダビド・ビジャの右手から伝わってくる感触にはメッセージが込められていた。

「アンドレスやダビ(ビジャ)の握手は、すごく丁寧なんですよ。握手ひとつで人間性がわかるという意味では、神戸に来た初日から彼らの誠実さというものを感じていました。適当というか普通に生きてき人間からは、そういうのを感じることはないので」

 飯倉の言葉を補足すれば、ヴィッセルで出会った新たな仲間たちが誠実ではないとも、ましてや適当に生きてきたとも言っているわけではない。スペイン代表としてワールドカップと欧州選手権(EURO)を制し、ビッグクラブで長くキャリアを積み重ねてきた2人のレジェンドは、握手を含めた何気ない立ち居振る舞いから周囲への配慮や気配りを忘れない、人間性の深さを醸し出していた。

「気持ちがひとつになるきっかけを与えてくれた」

 11月13日の緊急記者会見を介して発表された、ビジャの今シーズン限りでの現役引退からもメッセージを受け取った。リーグ戦ではなく、記者会見の時点でベスト4に勝ち残っていた天皇杯で頂点に立ち、元日の新国立競技場でカップを天へ掲げる歓喜のフィナーレで、約20年間におよんだ現役生活に別れを告げる夢を明かしたビジャに胸を打たれた、と飯倉はチーム全員の思いを代弁する。

「タイトルはみんなほしい。そのうえで、タイトルへ向かって気持ちがひとつになるきっかけをダビが与えてくれた気がするんです。自分たちのため、ヴィッセル神戸というクラブのため、そして何よりもダビのために頑張りたいという思いがある。ダビ自身が意図して言ったのかどうかはわからないけど、現役引退という選手にとって一番大事な決断を介して、チーム全員の結束力を高めて、ベクトルを自然と同じ方向へ向かわせてくれたと思っています」

 早い段階から照準を元日決戦へ定めてきたからこそ、リーグ戦の最終節から中13日という日程で組まれた21日の清水エスパルスとの準決勝を、緊張感と集中力とを最高のバランスで奏でさせながら迎えることができた。しかし、会場となったホームのノエビアスタジアム神戸のピッチにも、そしてベンチにも、コンディション調整が間に合わなかったビジャの姿はなかった。

 もしもエスパルスに屈すれば、先発して83分までプレーし、75分に13ゴール目となるPKを左隅に決めた7日のジュビロ磐田とのJ1最終節がビジャのラストゲームになってしまう。ビジャは必ず元日に間に合わせる。だから絶対に勝つ――右足親指の骨折も癒えて先発したイニエスタを中心に、チームの士気が極限まで高まったなかで、飯倉の脳裏にはピンチを迎える光景が思い描かれていた。

「天皇杯で一番難しいのは準決勝」

「以前にマリノスで決勝に進んだときもそうだったけど、準決勝では絶対にピンチが訪れて、キーパーやディフェンダーが失点を防ぐ場面が必要になる。天皇杯で一番難しいのは準決勝だと誰よりも知っていた分だけ、ピッチに入ったときから緊張度も2倍だったし、集中力もいい意味で2倍になってくれたんじゃないかと。他の試合で集中できていないわけじゃないけど、より難しいシチュエーションで集中力を高められたのは、いろいろな経験があったからだと思っています」

 飯倉がユースから昇格した2005シーズン以降で、マリノスは天皇杯決勝に2度進出している。優勝した2013年度大会こそ心外膜炎を患い、公式戦の出場がゼロに終わった飯倉は、延長戦の末にセレッソ大阪に屈した2017年度大会は守護神としてゴールマウスを守っている。

 そして、飯倉の述懐通りに、柏レイソルを2-1でくだした準決勝でも大苦戦を強いられている。開始早々の11分に先制点を奪われ、延長戦を含めた120分間でマリノスの10本よりも多い18本ものシュートを浴びながら耐え忍び、延長戦終了間際の劇的な決勝点を呼び込んでいた。

 果たして、エスパルス戦でも飯倉は絶体絶命のピンチに直面する。それも前後半に一度ずつ、ともに味方のイージーミスから瞬く間に決定機を迎えてしまった。もしもゴールを陥れられていたら試合の流れは大きく変わり、勝敗の行方はまったくわからなくなっていたはずだ。

瞬時の判断で防いだ大ピンチ

 最初のピンチは1点をリードした30分に訪れた。ペナルティーエリア内の中央から、飯倉がMFセルジ・サンペールへ短い縦パスを入れた直後だった。周囲のケアを怠ったサンペールの背後から、FW河井陽介が強烈なプレスをかけ、こぼれたボールを拾ったFWドウグラスがフリーで前を向いた。

 守備から攻撃へ転じた刹那とあって、3バックを形成する左からトーマス・フェルマーレン、大崎玲央、ダンクレーはまったく反応できない。リーグ戦で3位タイとなる14ゴールをあげたドウグラスと図らずも1対1になった飯倉は、感性をフル稼働させてブラジル人ストライカーの体勢を見極めた。

「右足でボールをもっていたので、可能性的にはファーサイドはないと、ある程度シュートコースを消していました。そのなかでしっかりとコースをブロックしながら、両腕を隠すことなく、ちゃんと横へ出せていたことで、上手くシュートストップできたと思っています」

 左利きのドウグラスが、器用さを欠く右足でシュートを放つ体勢に入ったことを瞬時に把握。それほど前に出ることなく、むしろ左右の手足を大きく広げてシュートコースを狭め、飛んでくるコースに神経を集中させた。果たして、ボールは飯倉の左ひじに当たってはね返された。

得点へとつながったビッグセーブ

 圧巻は69分だった。飯倉から大崎、そしてサンペールと自陣から短いパスをつなぐも、サンペールのバックパスが中途半端に短く、なおかつミスに焦ったサンペールが足を滑らせて転倒してしまう。またもやドウグラスがこぼれ球を拾い、今度は利き足の左足でボールをコントロールする。

「あの場面に関しては、自分の体勢の方が圧倒的に不利だったので。しかも、ドウグラスの左足は上手さもあるし、止まって反応するよりもなるべく近くへ、それも迫力をもって寄せようと。中途半端な寄せ方だとシュートコースが見えちゃうので、一気にスピードアップして飛び込みました」

 ドウグラスがこぼれ球を拾ったとき、飯倉はゴールエリア付近にいた。このときのスコアは2-1。本能が最大級のピンチを告げた瞬間には、迷うことなく猛然とダッシュを開始。ペナルティーエリアのぎりぎりまで間合いを詰めながら、再び両手両足を大きく広げてドウグラスの前をふさいだ。

「イチかバチかというか、それでも最後までちゃんとボールが見えていたからこそ、ちょっと浮かされた後でも手を出せたと思っています。1本目も2本目も準決勝の大事な局面で、試合を決められるプレーができたし、ともに直後の得点につながり、チームが勝つことができた。今週を含めた日々の準備を積み重ねてきた結果を出せたことが、キーパーとしてはすごくハッピーですね」

 猛然と飛び込んでくる飯倉の姿が視界に入ったからか。ドウグラスはとっさの判断で、左足によるループ気味のシュートを放った。それでも集中力を研ぎ澄まさせていた飯倉は、身体を移動させながらも左手を高く上げて、ドウグラスのシュートを完璧に叩き落としてみせた。

 しかも、最初のセーブの直後にはFW田中順也が、2度目の直後にはFW古橋亨梧がゴールを決めている。神懸かったプレーからパスをつないだ攻撃ではなかったが、窮地を救った飯倉の勇姿に攻撃陣が勇気づけられたと考えれば、ひとつが2点分、合わせて4点分のビッグプレーだったと言っていい。

「ヴィッセルのために頑張りたい」

 2シーズン続けてリーグ戦でフルタイム出場を続けてきたマリノスで、今シーズンも開幕直後は守護神を拝命した。先発した5試合は2勝1分け2敗。飯倉が出場した試合で獲得した勝ち点7がなければ、最終節までもつれ込んだFC東京とのマッチレースがどのような結果になったかはわからない。

 だからこそ、FC琉球から加入してまもなく飯倉から定位置を奪い、マリノスの守護神を拝命した朴一圭は4試合に出場した杉本大地、朴が一発退場した最終節でスクランブル出場し、23分間を無失点に抑えた中林洋次と4人のキーパーで勝ち取った、15年ぶりのリーグ優勝だと胸を張った。

「パギ(朴)がそのように言ってくれるのは、すごく嬉しいんですけど……マリノスの選手たちで獲ったタイトルだと思うし、僕自身はヴィッセルの選手として、ヴィッセルのために頑張りたいですね」

 古巣の戴冠に端正なマスクをちょっとだけ崩しながらも、飯倉はすぐに表情を引き締めた。当時JFLのロアッソ熊本へ期限付き移籍し、武者修行した2006シーズンを除いて、小学生年代のプライマリー追浜から21年半も所属してきたマリノスには、いまもなお深い愛着を抱いている。

 ただ、今夏に下した決断は期限付き移籍ではなく、退路を完全に断った完全移籍だ。身長181cm75kgの身体に流れるトリコロール色の血を、ヴィッセルのカラーであるクリムゾンレッドに入れ替えて久しいからこそ、センチメンタルな思いを封印して、ヴィッセルの未来がかかる元日決戦を見すえる。

ビジャのキャリアの最後にタイトルを

「タイトルを獲るためにヴィッセルへ来たし、特に天皇杯はチャンスがあると思ってきた。ヴィッセルの今後を考えたら、勝利にこだわることも必要だけど、チームとして目指していく方向をちゃんと示さないといけない。もちろんタイトルはほしいけど、タイトルの獲り方も大事だとマリノスのときから言ってきた。自分たちのスタイルがあるからこそ、タイトルを獲る意味もある。

 ヴィッセルがやろうとしているサッカーは後ろからつないでゴールを狙う、すごく単純明快なスタイルだけど、自分たちのサッカーで挑戦してタイトルを獲ることで、チームのビルディングアップというものもすごくいい方向に行く。相手は鹿島アントラーズだけれども、ヴィッセルって面白い、ヴィッセルに優勝してほしいと思ってもらえるようなサッカーをしたい」

 クラブ創設以来の初タイトルをかけるヴィッセルと、国内三大タイトルにACLを加えた数がJクラブで最多の20冠となるアントラーズ。こけら落としとなる新国立競技場を舞台で、元日14時5分にキックオフを迎える大一番は、地上波でもNHK総合で生中継される。舞台は完璧なまでに整った。

「リーグ戦でマリノスが優勝して、最後に自分が優勝することで、個人的には最高のシーズンだったと言えるように。何よりもダビのキャリアの最後に、天皇杯という名のタイトルを加えられれば」

 大いなる注目を浴びながら元日にサッカーができる、2チームのうちのひとつ、という幸せな思いもモチベーションに変えて、飯倉は平常心で新たな年の訪れを待つ。そして、2020年になって初めて顔を合わせるチームメイトたちと、決意と覚悟を込めた熱い握手を交わして決戦の地へと向かう。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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