「もっと来い!」。酒井高徳が変えたヴィッセル神戸の“緩さ”。その先で掴んだチームの成熟【この男、Jリーグにあり】

ヴィッセル神戸は1日の天皇杯全日本サッカー選手権大会決勝で鹿島アントラーズを2-0で破り、クラブ初のタイトルを獲得した。昨夏に加入した酒井高徳は神戸に欠けていた意識を植え付け、低迷が続くチームを立て直した。ドイツで実績を積んだ28歳がチームにもたらした劇的な変化を、本人の言葉から紡いでいきたい。(取材・文:藤江直人)

2020年01月09日(Thu)10時40分配信

シリーズ:この男、Jリーグにあり
text by 藤江直人 photo Getty Images
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欠けていた守備の意識

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昨夏にハンブルガーからヴィッセル神戸に加入した酒井高徳【写真:Getty Images】

 映像を介してヴィッセル神戸の試合を見ているうちに、酒井高徳の脳裏に素朴な疑問が頭をもたげてきた。勝利をもぎ取るうえで最低限のプレーが、ほとんどできていなかったからだ。

「何でそこで相手へ寄せないのか、何でそこで相手をフリーにさせるのか、という感じでしたね」

 他の試合の映像も見ても、画面越しに伝わってくる印象は変わらなかった。それどころか、時間の経過とともに疑問はもどかしさへと変わっていったと、思わず苦笑しながら振り返る。

「特にシーズンの前半戦などは、緩さというものがすごく垣間見えたんです」

 もっとも、昨年冬に続いて同6月にもオファーをもらっていたヴィッセルが、非常に強いチームであることもわかった。酒井が抱いた思いを補足すれば、昨夏の時点で欠けているピースが埋まり、その上でタレントそろいの攻撃陣が額面通りの力を発揮すれば、という条件つきとなる。

 何しろ中盤にはアンドレス・イニエスタが君臨している。日本代表の盟友だった山口蛍もいる。前線ではダビド・ビジャが存在感を放っている。ヨーロッパでも見たことがない、と初速の速さに驚かされた古橋亨梧は、昨年11月のベネズエラ代表との国際親善試合で日本代表デビューを果たした。

 欠けていたのは守備力だった。ただ、選手個々の守備力そのものが劣っているわけではない。相手のボールホルダーにプレッシャーをかける意識があまりにも低く、球際で激しくせめぎ合い、場合によっては肉弾戦も厭わない愚直な姿勢もほとんど見られなかった。

7年半ぶりとなるJリーグ復帰

 当初は今夏まで契約を残すハンブルガーSVを軸に、ヨーロッパでのプレー続行を視野に入れていた。しかし、ヴィッセルとの交渉を重ねるうちに、ドイツで培った財産を還元できるかもしれない、と思うようになった。最終的には新たな挑戦を求めて、7年半ぶりとなるJリーグへの復帰を決めた。

「意外に思い切ったチャレンジだったかもしれないけど、自分が何かをヴィッセルに与えたとはもちろん思っていない。むしろみんなが“なあなあ”にしていたというか、何となくやっていたところを、一人ひとりが突き詰めるようになった、と言った方がしっくりきますよね」

 いま現在のヴィッセルをこう表現する酒井が、慌ただしく帰国したのが8月13日の早朝。翌日には移籍が正式に発表され、ホームのノエビアスタジアム神戸に浦和レッズを迎えた同17日の明治安田生命J1リーグ第23節でいきなり先発。左ウイングバックとして78分までプレーして、ヴィッセルも3-0で快勝した。

 フェルナンド・トーレスの引退試合となった、同23日のサガン鳥栖との第24節から最終節まではすべて先発フル出場。酒井が先発に名前を連ねた12試合でヴィッセルは8勝4敗と勝ち越し、得点28に対して失点20と攻守のバランスも改善され、最終的には8位でリーグ戦を終えた。

同僚ウェリントンを激高させるほどの激しさ

 酒井が加入するまでは6勝5分け11敗。得点33はリーグ5位タイながら、失点39は同ワースト2位だった。フアン・マヌエル・リージョ監督から吉田孝行監督に代わった序盤戦で7連敗を、トルステン・フィンク監督が就任した直後の7月にも3連敗を喫した原因は失点禍にあった。

 酒井本人は「何かを与えたとは思っていない」と謙遜するが、加入の前後でここまで数字が異なり、残留争いから脱出したとなれば、額面通りには受け止められないだろう。答えはリーグ戦のピッチ以上に、練習拠点となる神戸市西区のいぶきの森球技場で繰り広げられてきた日々にあった。

「外国人選手とかそういうのに関係なく、誰に対してもガツガツとやっている僕を見て、みんなが『やらなきゃいけない』と思ってくれたというか、それまでは遠慮していたところがそうじゃなくなった感じになってきた。練習中におけるプレーの強度やお互いに要求し合う部分が、いい意味での相乗効果となってチーム全体に広がっていった結果として、一人ひとりの意識が変わった感じがするんです。自分自身に対して、すごく厳しくなったという点で」

 ヴィッセルでの約半年間をこう振り返る酒井は実際、練習中における本番さながらの攻防がヒートアップを招き、ブラジル人FWウェリントンを幾度となく激高させている。練習で実践できないことが、試合で披露できるわけがない。誰に対してもガツガツ攻め、味方の背中を「行け!」と後押しし、相手には「もっと来い!」と叫ぶ。酒井の本気度がヴィッセルを内側から変えていった。

イニエスタらとプレーする刺激

「そうした(守備の)クオリティーを持っていてもどのように発揮すればいいのかがわからないとか、日本人選手は日本人選手で外国人選手に対して気を使いすぎているとか、そのなかでも若手はリズムを乱さないようにやらなきゃいけない、といった状況があったんですけど。そうではなくて、すべてが共存しなきゃいけない、という線を何とか越えたという感覚が僕のなかでも少しありますね」

 ロシアワールドカップをもって日本代表引退を表明するまで、国際Aマッチで42試合に出場した。ブラジルワールドカップのメンバーにも名前を連ね、さらにさかのぼれば2012年のロンドン五輪のピッチにも立った。それなりに自分の名前が知られている、という状況も酒井はあえて利用した。

「みんなは『あっ、ゴウトクだ』という感じで見てくれると思うので、特に若手には(背中を)見ろ、という感覚で僕もプレーしていました。若い世代がガツガツやることで、上の人間も何くそとやらなきゃいけない状況になる。若手から上まで、一人ひとりの意識が高くなったと感じています」

 ドイツや日本代表における経験を伝授しただけではない。新天地ヴィッセルでの日々は、酒井のハートをも再び熱くたぎらせた。世界的なビッグネーム、元スペイン代表のイニエスタやビジャ、元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキと同じ時間を共有できるだけでワクワクした。

「世界的に有名なプレーヤーから、日々の練習を介して細かい技術や動き方、考え方というのを学べたことはすごく刺激になっていますよね」

ハンブルガーで「何かを見失った」

 ドイツ語を完璧に操れる点で、ドイツ人のフィンク監督と日本人選手の橋渡し役も担った。ドイツ語の指示を瞬時に理解し、ピッチ上の仲間たちへ日本語で伝える。逆方向も然り。酒井を「直接コミュニケーションが取れるのは大きい」と歓迎する指揮官へ、以心伝心で酒井もこんな言葉を返す。

「監督の思っていることを理解して、体現するのは非常に大事なこと。監督も必要としている人材を、僕がドイツ語をしゃべれることで周りに上手く伝えてきました」

 高校生年代のユースから心技体を磨いたアルビレックス新潟から、シュツットガルトへ期限付き移籍が発表されたのが2011年の年末。フィジカルの強さと、長い距離を上下動できる豊富なスタミナを武器に1年後には完全移籍に切り替え、2015年夏にはハンブルガーSVの一員になった。

 2016/17シーズンの途中からはキャプテンを拝命するも、翌2017/18シーズンにはクラブ史上で初めて2部へ降格。1年での1部復帰を目指した2018/19シーズンで4位に終わると、昇格を逃したスケープゴートとして、酒井はファンやサポーターから執拗なバッシングを浴びた。

 今シーズンへ向けたキャンプが始まっても騒動が収まらないなかで、人知れず心を痛め続けていたのか。酒井は「昨シーズンは個人的にはいいサッカー人生を歩めていなかったので、何か見失っていたものがあった」と複雑な胸中を明かす。過去形で語る点に、吹っ切れた跡が伝わってくる。

「がむしゃらさとか激しさとか、あるいは何かを変えようという気持ちにちょっと蓋をしていたところがあった。そういうことから逃げずにチームを変えてやろうという、昔もっていたような気持ちが、日本に帰ってきてまた燃え上がってきている。実際、練習の段階からチームが変わっていく姿をすごく感じてきたので、その意味でもいまはやりがいがあるし、刺激も受けています」

「よくない時間帯にしっかり耐えられた」

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ヴィッセル神戸は天皇杯でクラブ初のタイトルを獲得した【写真:Getty Images】

 右肩上がりに転じたヴィッセルの変化は、酒井の加入時でベスト32に勝ち残っていた、天皇杯全日本サッカー選手権大会にも色濃く反映される。4回戦で川崎フロンターレを、準々決勝で大分トリニータを、準決勝では清水エスパルスを撃破したヴィッセルはクラブ史上で初めて決勝へ進んだ。

 特にエスパルスを3-1で下した昨年12月21日の準決勝は、ヴィッセルが大きく成長したと酒井に確信させた。前後半を通じてエスパルスに主導権を握られた時間が多かったなかで、一丸になってピンチを防いだ直後にゴールを奪う、いわゆる試合巧者的な展開から勝利を収めていたからだ。

「自分たちがよくない時間帯にしっかり耐えられて、なおかついいリズムで返す力というものは、僕が来る前のヴィッセルには正直、なかったと思う。トーナメント大会では、そういう戦い方がすごく大事になってくる。シーズンの最後へ向けてチームがどんどん上向きに、完成度が高くなってきたと感じている。すごくいい傾向だと思っています」

 迎えた元日決戦。日本中が注目する東京五輪およびパラリンピックのメインスタジアム、国立競技場のこけら落としとなる試合で、国内最多の20個のタイトルを誇る常勝軍団・鹿島アントラーズと、クラブ史上初のタイトルをかけて対峙する。用意されたような舞台でヴィッセルが躍動した。

 18分に決まった国立競技場の第1号ゴールは、相手ペナルティーエリア内で酒井がインターセプトしたボールをポドルスキが拾い、角度のないところから利き足の左足を一閃。GKクォン・スンテが弾いたボールが、DF犬飼智也の身体に当たって入るオウンゴールだった。

 38分には右サイドを攻略し、右ウイングバック西大伍が送ったクロスを犬飼がクリアミス。こぼれ球をFW藤本憲明が押し込むと、後半にシステムを変えて反撃してきたアントラーズを最後まで零封。5万7597人の大観衆が見つめるかなで、キャプテンのイニエスタが天皇杯を掲げた。

未知なる戦いへ挑むヴィッセル神戸

「何が一番よかったかと言えば、誰かがボールを取られたとしても別の選手がすぐに切り替えて、セカンドボールを奪い返していたところですね。それが前半からかなりできていて、試合の流れを先につかめた。僕がヴィッセルに来てから、すごく成熟した部分のひとつだと思っているので」

 シュツットガルト時代の2012/13シーズンのDFBポカール決勝でバイエルン・ミュンヘンに敗れている酒井は、28歳で獲得したプロ初タイトルに、国立競技場の取材エリアで相好を崩した。天皇杯制覇で初めてACL出場権を獲得したヴィッセルは来シーズン、いよいよ未知なる戦いへも挑む。

「もともともっていたポテンシャルを、みんながしっかり発揮してくれている、という感じですね。それくらい力のある強いチームだと思うし、だからこそ僕もヴィッセルに来た。求めていた目標をまずは一歩、かなえられたことは嬉しいし、これを大事にしながら次のシーズンも頑張っていきたい」

 J1王者の横浜F・マリノスと激突する来月8日のFUJI ZEROX SUPER CUP2020を皮切りに、広州恒大(中国)や水原三星ブルーウィングス(韓国)などとグループGに入ったAFCチャンピオンズリーグ、そして同21日に開幕する明治安田生命J1リーグへ。ヴィッセルのメンタルを変え、タイトル獲得へと導いた影の立役者の視線はつかの間のオフの先に待つ、新たな戦いを早くも見つめている。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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