日本代表、背番号2の系譜。内田篤人に阿部勇樹…W杯でキーマンとなった選手たち

日本代表は初出場となった1998年のフランスワールドカップから数えて6大会連続でワールドカップ本大会に出場している。背番号2を背負った選手たちは、大舞台でどのような活躍を見せたのか。今回はワールドカップで2番を背負った日本代表選手を大会ごとに紹介する。※所属チームは大会前時点、年齢は初戦時点のもの。

2020年05月26日(Tue)7時10分配信

シリーズ:編集部フォーカス
text by 編集部
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フランスW杯

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アルゼンチン戦の先発メンバー

監督:岡田武史
戦績:グループステージ敗退

背番号2:名良橋晃(鹿島アントラーズ)
生年月日:1971年11月26日(26歳)
個人成績:3試合出場/0得点0アシスト

 1990年にフジタ(のちのベルマーレ平塚・湘南ベルマーレ)に加入した名良橋晃は、93年にJFLでアシスト王となるなど、攻撃的サイドバックとして活躍した。加入当初は左サイドバックを務めていたが、岩本輝雄の加入により右サイドバックにポジションを移している。

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 日本代表には1994年に就任したロベルト・ファルカン監督に初めて招集されたが、12月の加茂周監督就任後は、徐々に代表から遠ざかっている。97年に鹿島アントラーズに移籍すると、同年6月のキリンカップで日本代表に復帰。97年10月に加茂監督が更迭されて岡田武史が後任に就いても名良橋は起用され続け、フランスワールドカップ出場権獲得に貢献した。

 日本代表が初めてワールドカップに出場したフランス大会で、名良橋は3試合すべてに右ウイングバックとして先発したが、日本代表は3戦全敗でグループステージ敗退となった。鹿島ではその後もレギュラーとして活躍を続けたが、フィリップ・トルシエ監督は名良橋を1度も代表に呼ばず。指揮官がジーコに代わると代表に復帰したが、2003年6月を最後に代表から離れている。

●アルゼンチン戦の先発メンバー

▽GK
川口能活

▽DF
中西永輔
井原正巳
秋田豊

▽MF
名良橋晃
山口素弘
名波浩
相馬直樹
中田英寿

▽FW
中山雅史
城彰二

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