遠藤渓太が語る欧州移籍の決意「自分には時間がない」。マリノスでもドイツでも変わらず続けることとは?【インタビュー前編】

先月25日、横浜F・マリノスから遠藤渓太のウニオン・ベルリンへの期限付き移籍が発表された。プロ2年目で経験したU-20ワールドカップを機に意識しはじめた、念願の欧州挑戦である。アカデミーからマリノス一筋でJ1通算100試合も達成し、来年の東京五輪での活躍も期待される22歳はブンデスリーガ移籍を前に何を思うのか。7月27日に行われた移籍報告会見直後に、オンラインで独占インタビューを行なった。今回はその前編。(取材・文:舩木渉)

2020年08月01日(Sat)10時00分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images, Shinya Tanaka, Yokohama F.Marinos
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五輪延期も欧州移籍も「めぐり合わせ」

遠藤渓太
【写真:田中伸弥】

――横浜F・マリノスでの最後の試合は負傷交代という残念な形になってしまいましたが、大事には至らず、移籍報告会見も無事に終えました。今の率直な気持ちを教えてください。

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「昨日(7月26日の北海道コンサドーレ札幌戦)は自分でも『怪我したな』と思ったので、大事に至るものではなかったのは正直本当にホッとしています。やっと落ち着けた感じです。もちろん昨日の試合でチームの力になれなかったのはすごく悔しいけど、チームの勝利に貢献できない状況であればピッチに立つ資格はないので、自分は正しい判断をしたんじゃないかと思います」

――ウニオン・ベルリンへの移籍が内定してから、日々の練習や試合に臨む気持ちに変化はありましたか?

「横浜FC戦は『これが最後のホームゲームになるだろう』という思いもあって、おのずと試合に対する力は湧いてきました。でも、『もしかしたら行くかもな…』と思い始めていた鹿島アントラーズ戦や、その前のFC東京戦はあまり自分の力を出し切れなかったので、申し訳ない気持ちはありますね」

――マリノスの先輩たちや、東京五輪世代の仲間たちが海外へ移籍していくのを間近で見てきたと思います。いよいよ遠藤選手も欧州に乗り込むわけですが、もし東京五輪が予定通り開催されていたら、この夏のタイミングでの移籍は実現しなかったかもしれません。不測の事態とはいえ、めぐり合わせのようなものを感じることはありますか?

「本当に不思議なものといいますか……実は冬に欧州へ移籍する可能性もあって、その時は東京五輪のことを考えてやめていました。……と思ったら、その東京五輪が延期になってしまって。拍子抜けな感覚もあったんですけど、全てがめぐり合わせだったと思います。

もし今年、マリノスで活躍して、東京五輪に出て、そこでも活躍していたら、もっと高いレベルのクラブに移籍できていたかもしれない。ただ、結果的に何が最善なのかは本当にわからないので、自分に与えられた場で全力を尽くすことが大事なのかなと思います」

「自分に残された時間はさほどない」

遠藤渓太
【写真提供:横浜F・マリノス】

――よく「サッカー界で23歳は若くない」と言われます。遠藤選手は今年23歳になりますが、自身の年齢や移籍のタイミングについてどう考えますか?

「正直、若くはないし、だからこそ自分に残された時間はさほどないと思っています。世界的に見たら自分よりも年下の19歳や18歳の選手がビッグクラブで活躍しているけど、自分は23歳でやっとドイツに行ける状況です。『コミュニケーションの部分で…』とか、『ちょっとまだ時間が…』などと言っている場合ではなく、どんどん自分を出さないといけないと思っています」

――海外で日本の常識は通用せず、ありえないようなことや受け入れがたいことにも度々直面すると思います。そういう逆境への向き合い方や、受け入れ方、いい意味での開き直りのようなところは、遠藤選手は意外と得意なのではないかと思うんです。

「まず言葉がそこまでわからなければ、何を言われても特に気にしなければいいし、ファン・サポーターからの雑音は聞こえてこないと思います。まずはチーム内でうまくやれればいいと思っています。正直に言うと、マリノスでは何度か監督に『何で出られないんだ!』と主張したこともありました。ドイツに行っても自分の考えを主張することは間違いではないと思うし、マリノスでやっていたことを、向こうでやらないのはおかしな話なので、自分の意見はしっかり伝えられればと思います」

「悔しさ」が原動力。監督に直談判も…

遠藤渓太
【写真:Getty Images】

――「何で自分が出られないんだ?」という主張に象徴されるように、「悔しさ」が遠藤選手の原動力になっていると感じます。いつも話を聞いていると、事あるごとに「悔しい」「見返したい」と言っていて、それはJリーグで優勝する前も、優勝した後も一貫して変わっていません。

「本当にそうかもな、と思いますね。特にストレスなく毎日を過ごして、練習して、サッカーが楽しくて、ゴールに絡めない試合がいくつか続いても出場し続けられる環境にいたら刺激はないし、結果を残せない選手はいつかは必要とされなくなると思います。監督には勝利やチームのためのプレーを求められますけど、選手として必要とされるために大事なのは(個人としての)結果だと思っている側面は強いですね」

――ジュニアユースからユース、そしてトップチームへと昇格する過程でも、「結果」は大きな意味を持っていたと思います。常にギリギリの状況から、それを覆す成果を残してチャンスを掴み取り、今に至ります。改めてスクール時代から過ごしてきたマリノスでのキャリアをどう振り返りますか?

「アカデミーの時は本当にギリギリだったと思いますけど、トップチームに上がってからは、どちらかというと順調なキャリアを送ってきたと思っています。最初のチャンスをどう掴んだかと言われると、あまりその手応えはなく、自分でもよくわからない中で(エリク・)モンバエルツ監督が試合に続けて使ってくれていて。

当時は『何でだろう?』と思っていたけど、でもそこでモンバエルツ監督が試合に使ってくれていたことが自分の3年目や4年目に生きたと思います。1年目の僕を見て『あいつより俺を使うだろ』と思った選手は絶対にいると思いますし、それでもモンバエルツ監督が自分の何かに期待して継続的に使ってくれたと思うので感謝しかないです」

――その「何か」の答えは自分の中で見つかっていますか?

「当時は『足が速かったからかな』と思っていたんですけど、正直わからないですね。(モンバエルツ監督に)聞いたこともないですし」

(取材・文:舩木渉)

☆後編へ続く☆

【了】

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