ベガルタ仙台が「取り戻したい」ものとは? どん底の2020年から這い上がる、手倉森誠監督の決意【この男、Jリーグにあり/前編】

明治安田生命J1リーグ開幕節、サンフレッチェ広島対ベガルタ仙台が2月27日に行われ、1-1の引き分けに終わった。広島対仙台という開幕カードは、奇しくも東日本大震災に襲われた10年前と同じ。8年ぶりにベガルタ仙台に戻ってきた手倉森誠監督は運命を感じながら、復興への強い思いを明かしている。(取材・文:藤江直人)

2021年03月03日(Wed)10時15分配信

シリーズ:この男、Jリーグにあり
text by 藤江直人 photo Getty Images
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8年ぶりにベガルタ仙台に復帰

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【写真:Getty Images】

 運命。そして言霊。スピリチュアルな響きをもつ2つの言葉に強く導かれていると、8シーズンぶりにベガルタ仙台を率いる手倉森誠監督は、この3ヵ月ほどの間に何度も感じている。

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 最初に運命を感じたのは昨年末。2シーズンにわたって率いたJ2のV・ファーレン長崎の監督を退任した直後に、監督業をスタートさせた愛着深い古巣、ベガルタからオファーを受けたときだった。

「自分としては久々にJ1へ、古巣のベガルタ仙台へ戻ってきましたが、仙台にしてみれば東日本大震災から10年という、復興へ向けた節目の年でもある。あのころのベガルタを、という期待もされていると思っている」

 迷うことなく復帰を決めた心境をこう振り返る指揮官は、クラブ側から発表された監督就任のリリースで「天に導かれたものだと感じた」と、オファーを運命的なものだと位置づけている。

 ベガルタのコーチに就いたのが、J2での戦いをスタートさせた2004シーズン。ヘッドコーチを経て2008シーズンから監督を務め、2年間をかけてJ1へ昇格させた。2010シーズンは5分け9敗と14戦連続未勝利の苦境を味わいながらも、最終的に14位でJ1に残留させた。

手倉森誠監督を引き寄せる運命

 迎えた2011シーズン。ホーム開幕戦を翌日に控えていた3月11日午後2時46分に、対戦相手となる前年覇者・名古屋グランパスへの準備を進めていたクラブハウス2階で被災した。天井が崩壊し、窓ガラスが割れ、本棚などが次々と倒れてくるまさかの状況から何とか脱出した。

 Jリーグの公式戦を開催するどころか、練習すらままならない日々。当時25歳のMF関口訓充らが避難所生活を余儀なくされ、期待を込めて獲得した新外国人、FWマルキーニョスが中断期間中に退団した東日本大震災から、10年という節目で再び指揮を執る巡り合わせだけではない。

 年が明けた1月12日にJリーグから先行発表された、開幕カードを見たときにも運命の二文字を感じずにはいられなかった。敵地エディオンスタジアム広島で、サンフレッチェ広島とシーズン開幕戦を戦うのは2011シーズン以来となるからだ。指揮官は偽らざる思いを明かしている。

「2011年の開幕戦がサンフレッチェ広島で、その直後に震災に遭った。節目の年にサンフレッチェ広島と開幕戦を戦えるのは、ベガルタ仙台のファン・サポーターにとってもあの当時の思いがある」

 あの当時の思いとは、2011シーズンに4位、2012シーズンにはサンフレッチェと優勝争いを繰り広げた末に2位と大躍進したベガルタに復興への勇気をもらい、前を向いて生きる喜びを共有した軌跡に他ならない。冒頭で指揮官の言葉として記した、「あのころのベガルタを」にも通じる。

「被災地東北の希望の光になろう」

 特に2011シーズンは約1ヵ月半におよんだ中断期間をはさんで、敵地で引き分けたサンフレッチェ戦から、当時のJ1新記録となる12試合連続無敗(6勝6分け)を続けて首位戦線に絡んだ。

 手にした白星のなかには、雨中での死闘の末に敵地で2-1の逆転勝利をもぎ取り、指揮官を男泣きさせた川崎フロンターレとの再開初戦がある。1-0で逃げ切って浦和レッズから公式戦初勝利をあげた、震災による修繕を終えたホームのユアテックスタジアム仙台でのシーズン初戦もある。

 再開へ向けて指揮官が飛ばした檄は、いつしか言霊となって当時の選手たちを鼓舞した。言魂とも書かれる、言葉に宿ると信じられた霊的な力は10年の歳月を超えて、指揮官の復帰とともに蘇っている。

「被災地東北の希望の光になろう」

 13位で終えた2013シーズンをもって、コーチ時代から10年間在籍したベガルタを退団。翌年からリオデジャネイロ五輪出場を目指すU-21日本代表監督に就任し、五輪終了後は日本代表コーチとしてロシアワールドカップを戦い、2019シーズンからはV・ファーレンを率いた。

 ベガルタを離れていた間も、青森県五戸町出身の東北人でもある指揮官は、古巣の動向を常に気にかけていた。だからこそ、昨年末に行われた就任会見ではこんな言葉を残してもいる。

「その後のベガルタ仙台がJ1で苦しんでいるなかで、地域も復興への道の途中で少しくたびれたのかもしれない、と思っていた。節目の10年で、東北は沈んではいけないともう一度、エネルギーを出し合わなければいけない。新たな一歩を力強く踏み出していきたい」

どん底にいた2020シーズン

 昨シーズンのベガルタは、苦しみのなかでもどん底にいた。初めてJ1の舞台で指揮を執った木山隆之前監督のもとで、J1リーグを17位で終えていた。本来ならJ2へ自動的に降格する順位だったが、新型コロナウイルス禍で設けられた下部カテゴリーへの降格なしという特例に救われた。

 ホームでは7分け10敗と、2013シーズンの大分トリニータ、2014シーズンの徳島に次ぐ史上3チーム目の「年間ホーム未勝利」という屈辱も味わわされた。総得点36、総失点61はともにリーグワースト2位と、攻守のハーモニーも不協和音を奏で続けた。

 ピッチの外へ目を向ければ、前経営陣のもとで債務超過に陥るなどクラブの経営状態が悪化。追い打ちをかけるように、10月にはプライベートにおける不祥事が写真週刊誌で報じられた、アカデミー出身のMF道渕諒平(現韓国Kリーグ2部・忠南牙山FC)との契約が急きょ解除された。

「今シーズンのいろいろな出来事で気持ちが離れてしまった県民、市民の気持ちを取り戻したい」

 就任会見で熱い思いを明かした指揮官は、依然として日本全体を覆い、サッカー界においては昨シーズンの長期中断や再開後の過密日程、日本代表の活動停止、サガン鳥栖や柏レイソルでクラスターを引き起こした新型コロナウイルス禍に対して、シーズン開幕直前の段階でこんな言葉を残している。

(取材・文:藤江直人)

【後編に続く】

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