「苦しむ覚悟で戦え」
「コロナ禍の状況で延期もなく開催されることは、さまざまな方々の尽力があってのものだと思っている。世界中もそうですが、日本国民も窮屈な生活を強いられているなかで、人々の気持ちを活性化させられるのがスポーツなんだ、サッカーなんだ、Jリーグなんだと伝わるような戦いをしたい」
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オフには昨シーズンにチーム最多の9ゴールをあげたFW長沢駿(大分トリニータ)をはじめ、ダブルボランチを組む試合が多かった椎橋慧也(柏レイソル)と浜崎拓磨(松本山雅FC)、スピードを武器とするレフティーのFWジャーメイン良(横浜FC)らが移籍。チーム2位の5ゴールをあげたFWアレクサンドレ・ゲデス(ヴィトーリア)も、期限付き移籍期間の満了とともに退団した。
一方で昨シーズンにキャプテンを務めたモザンビーク代表DFシマオ・マテ、バルセロナでプレーした経験をもつMFイサック・クエンカ、そして獅子奮迅の好セーブを連発した元ポーランド代表GKヤクブ・スォビィクが残留した。さらには横浜F・マリノス、そしてレッズでプレーしたドリブラー、FWマルティノスも外国籍選手陣のなかへ新たに加わった。
元日本代表のFW皆川佑介(横浜FC)、V・ファーレン長崎時代に薫陶を受けたMF氣田亮真は、交渉の席で指揮官の熱い口説き文句に心を震わせて移籍を決断していた。懸念された大幅な戦力ダウンを避けられた状況で、それでもキャンプを通じて一抹の不安を感じていたと指揮官は明かす。
「自分が復帰して新しいスタートだという意識があるなかで、選手たちのやってやろうという意識や意欲にはものすごく満足しているし、伸びしろも感じている。ただ、いざという状況になったときの勝負勘に関しては、昨年勝ち星が少なかったチームで、しっかりと育めているかが心配でもある」
ベガルタ仙台を襲う試練
迎えた先月27日のサンフレッチェ広島との開幕戦。午後2時3分のキックオフを直前に控えたミーティングで、敵地のロッカールームに指揮官の言葉が響きわたった。
「震災から10年目の、希望の光のスタートだ。まだまだ苦しんでおられる方、当時震災で亡くなった方の苦しさを思えば、ピッチ内で起こる苦しさなんかなんともない。苦しむ覚悟で戦え」
しかし、勝負は時に予想もつかない事態を引き起こす。0-0で迎えた27分。最終ラインの背後へ抜け出し、キーパーのスォビィクと1対1の状況になりかけたサンフレッチェのFWジュニオール・サントスを、やや遅れ気味のタックルで倒したマテに一発退場が宣告された。
追い打ちをかけるように、マテの退場から6分後には先制点を奪われる。サントスが放った強烈なシュートが、ボランチからセンターバックに下がった吉野恭平の足に当たってゴールに吸い込まれた。
「まさか自分たちが数的不利になって、厳しい状況に置かれるとは思いませんでした」
退場者を出した上に不運な形で先制される究極の試練に苦笑いした指揮官は、不格好な戦い方でもいいから0-1のまま折り返せと叱咤激励していた。言葉通りに放ったシュート数が0本で迎えたハーフタイム。授けられた新たな指示は、一聴すると意外に受け取れるものだった。
「このゲームは勝ち点1を取れれば御の字だ。ただ、1点を取って同点にできたからといって、勝ち点3を取りにいってはダメだ」
ただでさえ厳しい敵地での戦いで、最も避けなければいけないのは大量失点での惨敗となる。次節以降に悪影響を与えないためにも、まずは追加点を与えない戦い方を徹底させた上で、ワントップを皆川からマルティノス、最後は赤崎秀平と配置転換や選手交代で目まぐるしく変えた。
策士・手倉森誠監督の手腕
特に足をつらせた吉野に代えてDF平岡康裕を投入した87分に、指揮官は最後の交代カードとしてマルティノスに代えて赤崎を同時に投入している。0-1のビハインドが続いていたなかで、さらに守備を固める狙いを平岡に込めた一方で、赤崎にはこんな思いを託している。
「せっかく守備を固めるのならば、最前線もフレッシュにしたい。点を取るためにまずは高さのある皆川を残して、次はドリブラーのマルティノスに代えて、最後は敏捷性のある赤崎にしよう、と。ビハインドを背負った時点で、頭のなかにふわっと描いたものでした」
そして、タイプの異なるワントップを生かすためにも、サイドアタッカーにハードワークを求めた。62分に石原崇兆、79分には真瀬拓海とフレッシュなサイドアタッカーを次々と投入。トップ下で先発した関口はボランチ、最後はサイドハーフと目まぐるしくポジションを変えた。
魂を宿した言葉を介して、チームの士気を高めるモチベーターだけではない。対戦するサンフレッチェの城福浩監督が新生ベガルタで最も警戒していた、策士としての指揮官の手腕が臨機応変な選手起用や交代を介して、乾坤一擲の反撃へ備えて体力を温存させる采配に色濃く反映されていた。
ベガルタ仙台が示した可能性
そして、ドラマは90分に生まれた。流血した頭にテーピングを巻いた状態で、執念のプレーを続けていた関口がゴール前へ攻め上がって右足を一閃。相手のブロックに防がれたシュートのこぼれ球を、ペナルティーエリア内の左にポジションを取っていた赤崎が押し込んだ。
昨シーズンはわずか1ゴールだった29歳の赤崎は、試合後に言霊の存在を語っている。
「キャンプから監督が伝え続けてくれた、希望の光になるという言葉が前面に出た試合だった」
青写真通りのドローにもちこんで開幕戦は終わった。10年前の東日本大震災を知る35歳の関口をはじめとする選手たちの頑張りへ最大級の賛辞を送りながら、キックオフ前にはいざという状況での勝負勘に不安を募らせていた指揮官は、試合後には今後へ向けて大きな手応えをつかんでいた。
「今シーズンのベガルタ仙台が果たすべき役割は、一番は希望の光になることですけど、昨シーズンの悔しい順位からもはい上がらなければいけない。そのためには一人ひとりのたくましさにプラスして、チームのまとまりがなければ果たせない。もしもこのチームにまとまりがなければ、今日はサンフレッチェ広島に3点差をつけられて負けていたと思います」
結果的には10年前と同じドロー発進になった。それでも、敵地へ駆けつけたサポーターを含めて、ベガルタに関わる全員が一丸になって逆境を乗り越えて、土壇場で追いついた試合展開を、指揮官は「今シーズンのベガルタ仙台の可能性を示せた」と最後は笑顔で胸を張った。
運命と可能性
そして、運命は次なる偶然を呼び寄せる。6日のホーム開幕戦の相手は王者・川崎フロンターレ。10年前は中断とともに日程が組み替えられ、再開初戦、要はシーズン2試合目がフロンターレ戦となった。ホームとアウェイの違いこそあれ、何かに導かれていると指揮官は感じずにはいられない。
「10人で勝ち点1をもち帰れたということで、ファン・サポーターの方々には『王者の川崎フロンターレにも、何かをしてくれるんじゃないか』と大いに期待してもらって、ホーム開幕戦を迎えたい」
前述したように、10年前は1点のビハインドを73分にFW太田吉彰の、87分には鎌田次郎のゴールで逆転している。フロンターレが身にまとうオーラが違えば、ゴールした2人もいまはベガルタにはいない。それでも、10年前と同じ指揮官が残した言葉が言霊を帯びて、大きな可能性を感じさせる。
(取材・文:藤江直人)
【了】