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Jリーグ 3年前

「彼で大丈夫なのか?」。若手抜擢の裏側で何が? GKコーチが明かす大迫敬介の秘話【GKコーチ原本・後編】

言葉でGKをデザインする! 全カテゴリーのGKを指導してきた日本屈指のGKコーチ澤村公康による、これまでになかった「GKコーチのための原本」。25年に渡る自身のGKコーチキャリアを辿りながら、GKの80%を占める装備すべき5つのマインドなど、“先手を取るGKマインド"を育むための要素がすべて詰まった唯一無二のGKコーチ大全『GKコーチ原本』(澤村公康著 3/17発売)の発売を記念して本書より一部抜粋して前後編で公開します。今回は後編。(構成:吉沢康一)

text by 編集部 photo by Getty Images

大迫敬介を1番手にしたことで生じた周囲の反応

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【写真:Getty Images】

 2019年、澤村はサンフレッチェ広島のゴールキーパーコーチに就任した。指導者の立場かもしれないが、澤村にとってそれは念願だったJ1の舞台だった。林卓人、中林洋次、廣永遼太郎、そして大迫敬介の4人体制でシーズンを迎えた。

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 最年長の林は経験豊富で自己発信力に優れ、強いメンタリティを持ったゴールキーパーだった。中林は市立船橋高校からプロ入りし20代半ばまでなかなか出場機会に恵まれなかったが、3チーム目の移籍先J2ファジアーノ岡山でレギュラーを獲得すると200試合以上に出場し、林と正ゴールキーパーの座を争うほどキャリアを積み上げていた。

 廣永は世代代表として2007年のU-17W杯に出場し、長身かつストロングポイントがフットプレーという現代サッカーに要求されるスキルを備え、J1のトップレベルと張り合えるだけの力を持っていた。こうした強者の中から大抜擢されたのが大迫だった。

「ロアッソとはまったく別でした」

 語気を強めて澤村はサンフレッチェ時代を振り返る。サンフレッチェはJ1で優勝経験のあるクラブであり、当然サポーターもそれを知っている。優勝争いに顔を出さなくても中位以上の順位はキープする力があるオリジナル10のクラブだった。そこに身を投じて澤村が感じたことは、「まるで違う。これはもう本当に別の世界に来てしまった、と思いました」。

 ただ、それは澤村自身が目指していたところであり、大きなやりがいとなった。Jリーグ、それもJ1とは、日本で最高峰のリーグなのだ。「もっと指導力があれば、もっと良い取り組みができたと思う」と今でも振り返ることがあるという。

「例えば500試合経験している卓人に対して、一体僕が何を伝えられるんだろうかと思いました。実際、難しいことが多かった。何を話せたかと聞かれれば、選手としての悩みや僕自身がわかる範囲のことには答えられたとは思います。卓人が何を望んでいるのか? 今、何に取り組みたいのか? どんな不安を抱えているのか?

 2019年、卓人は持病の腰痛からのスタートでした。2018年は活躍しましたが、疲労が抜けないままゴールキーパーの指導者ライセンスを取りに行っていたんです。講習会場が固い人工芝だったようで、少なからずそれも関係していたと思います。キャンプインした当初は動けていましたが、椎間板ヘルニアで長期離脱した経験を持っていて、徐々に腰が重くなってそれがかばい切れなくなってしまったようでした」

 近年はゴールキーパーに限らず、現役中に指導者ライセンス取得のための講座に参加する選手も増えている。指導者ライセンス講習では受講生自身がフィールドプレーヤーとなり、他の受講生の指導実践の手伝いをする。それがゴールキーパーのライセンス講習であっても、受講者はフィールドプレーをしなければならない。不慣れなフィールドプレーをするということは、予想以上に身体に大きな負担になる。

後戻りのできない選択で…

 林もこうしたことが要因のひとつとなり、タイミング悪くキャンプ中に持病の腰痛という形で出てしまい、出鼻をくじかれてしまった。林と正ポジション争いをしている中林は、この時を逃さぬようにと躍起になった。当然、廣永の目の色も変わった。ところ変われば人が変わる。澤村はそれを目の当たりにした。そこにはロアッソで見たような仲良しグループは存在していなかった。

「大迫も目の色を変えてやっていました。練習でそれを見れば、(今、試合で使うなら)明らかに大迫だというのは、僕には確信できました。それでACLのプレーオフ初戦にスタートから大迫で行くとなった時、『(若い)大迫で大丈夫なのか?』という声が聞こえてきました。2018年、広島は9月の中旬から勝てていなかったんです。実際、コーチ陣からも『澤さん、大丈夫? 敬介で』と言われました。

 でも『誰が良いんだ? 正直に言ってくれ』とジョウさんが腹を括ってくれて、他のスタッフも『俺も敬介がいいと思う』と後押ししてくれました。若い大迫の起用で他の選手との関係の扱いは難しかったですが、僕もコーチとして大迫を選んだことへの迷いはありませんでした」

 大迫の開幕からの起用に、シーズンスタートはチームも不安視していたが、後戻りはできない選択だった。スポンサーを含めて「失敗は許されない」という目に見えないプレッシャーが増幅していく。開幕が近づくにつれ、澤村自身もこれまで経験してこなかった緊張感に襲われた。

 こうしたプレッシャーを「苦手だし、嫌い」と言い切る澤村だが、過去に味わったことのない空気、圧力がかかる経験をしたことは、その後、澤村自身の指導者としての経験値、選手指導のステージを上げる要因となっていった。

(構成:吉沢康一)

澤村公康(さわむら・きみやす)

1971年12 月19日生まれ、東京都出身。現役時代は三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチとして指導者のキャリアを開始。その後はブレイズ熊本(育成)、大津高校、日本高校選抜、浦和レッドダイヤモンズ(育成)、女子日本代表、川崎フロンターレ(育成)、青山学院大学でGKコーチを歴任。2012年から2014年まで教員として浜松開誠館中学校・高校でGKを指導。2015 年から2018 年までロアッソ熊本、2019 年はサンフレッチェ広島でトップチームのGKコーチを務めた。現在は代表を務めるGKスクール『ゴーリースキーム』など、さまざまなカテゴリーでGKの育成、指導にあたっている。著書に『ジュニアからシニアまでサッカーが楽しくなる攻撃的GK論』(ベースボール・マガジン社)、『守護神育成トレーニング ゴールキーパー専属コーチが伝える! チームを守る全てがここにある!』(スタジオタッククリエイティブ)、『ゴールキーパー「超」専門講座』(東邦出版)、2021 年3 月 17日に『GKコーチ原本 “先手を取るGKマインド”の育て方』をカンゼンから刊行

9784862555892

『GKコーチ原本 “先手を取るGKマインド”の育て方』


≪書籍概要≫
澤村公康 著
定価:2310円(本体2100円+税)

言葉でGKをデザインする!

全カテゴリーのGKを指導してきた日本屈指のGKコーチ澤村公康による、これまでになかった「GKコーチのための原本」。
25年に渡る自身のGKコーチキャリアを辿りながら、GKの80%を占める装備すべき5つのマインドなど、“先手を取るGKマインド”を育むための要素がすべて詰まった唯一無二のGKコーチ大全。

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【了】

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