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Jリーグ 3年前

アビスパ福岡で輝くJリーグ最高級の右足。エミル・サロモンソンが語ったフリーキックの秘訣とは?【コラム】

アビスパ福岡は今季、5年ぶりにJ1の舞台を戦っている。14日に行われた川崎フロンターレ戦では前年王者相手に善戦し、チームとしてのポテンシャルの大きさも垣間見せた。長谷部茂利監督率いる現在のアビスパでは、外国籍選手たちの活躍も目立つ。その中の1人、元スウェーデン代表のエミル・サロモンソンは特別な武器でチームに欠かせないキーマンとなっている。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

王者フロンターレから決めた一発

エミル・サロモンソン
【写真:Getty Images】

 キック1本で観客を沸かすことのできる選手には、不思議な魅力がある。アビスパ福岡でプレーするDFエミル・サロモンソンも、そんな選手の1人だ。

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 2019年にJリーグへやってきた元スウェーデン代表のサイドバックは、日本で3年目のシーズンを戦っている。サンフレッチェ広島で1年プレーしたのち、昨年からアビスパへ移籍。2020シーズンのJ2でアシスト王(10アシスト)に輝いてJ1昇格に貢献し、今季は2年ぶりのJ1でまばい輝きを放っている。

 すでにリーグ戦10試合に出場して3得点3アシストを記録し、アビスパの献身的な外国籍選手たちのなかでも、とりわけ重要な役割を果たしてきた。3得点のうちの2つは、直接フリーキックによるものだ。

 14日に行われた明治安田生命J1リーグ第19節の繰り上げ開催分、川崎フロンターレ戦でも自慢の右足が火を噴いた。アビスパが1点のビハインドを背負って迎えた前半アディショナルタイムの48分、ペナルティエリア手前からサロモンソンが蹴ったキックは、鋭い軌道を描いてゴールの左隅に突き刺さった。

 守っていたGK丹野研太も必死に腕を伸ばしたが、セービングから逃げるようなコースに飛んだフリーキックに触ることはできなかった。

「最終的に1-3で負けてしまったので、何も得られなかったのはすごく残念だ。僕たちはチャンスでゴールを決めて2-2にしなければいけなかったと思う。そうしなければもっと多くの勝ち点を手にすることはできない」

 試合後、昨季王者相手に善戦しながらチャンスを生かしきれず敗れたことを悔やんだサロモンソンだったが、自らのフリーキックに関しては揺るぎない自信を口にした。

「フリーキックは距離が長かったけど、決められて嬉しかった。僕はフリーキックに自信を持っているから、難しいシュートではあったけど、決められてよかった」

直接フリーキックで2得点。際立つ勝負強さ

 今季のJ1で直接フリーキックを2本決めている選手はサロモンソンしかいない。この事実だけでも、彼がJリーグ屈指の「右足」の持ち主であることの証明と言えるのではないだろうか。しかも、試合のなかでも非常に重要なタイミングでフリーキックを決めることが多く、ここぞの勝負強さも光る。

 フロンターレ戦にしても1点を追いかける展開のままハーフタイムを迎えるのと、同点に追いついてロッカールームに帰るのとでは、チーム全体の精神状態に大きな違いがあったはず。J1第2節の清水エスパルス戦では、敗戦濃厚かと思われた後半アディショナルタイムの92分にサロモンソンが直接フリーキックを決めて、アビスパに貴重なアウェイでの勝ち点1(しかもJ1復帰後初の勝ち点)をもたらした。

 清水戦後には、アビスパを率いる長谷部茂利監督も「ヨーロッパチャンピオンズリーグに出ていた人間なので、当然良いです」とサロモンソンの右足の精度を絶賛していた(著者注:実際にはUEFAチャンピオンズリーグではなく、UEFAヨーロッパリーグの予選出場歴を持っている)。

 日本代表GK権田修一から決めたフリーキックは、試合中の微妙な感覚の修正も光った。53分にペナルティアークの中で右足を振るチャンスを得たサロモンソンだったが、その時は目の前の壁に当ててしまっていた。

「1本目はもう少し近くだったから、少し弱めに蹴った。でも、それは失敗したので、2本目はよりパワーを込めることを意識して蹴ったんだ」

 後半アディショナルタイム、今度はペナルティエリアの外、53分の1本目よりやや遠くからフリーキックを蹴ると、壁に入った清水の選手の頭をかすめたボールのコースが少し変わり、GK権田も反応しきれない軌道でゴールネットに収まった。

 ゴール正面に並んだ壁の上をギリギリ越えて、GKも届かない足もとの低い位置に落とすボールがサロモンソンのフリーキックの特徴だ。本人も「僕の右足のキックは非常に速く、ドライブ回転がかかっていることが大きな特徴。ディフェンスにとっては嫌だと思う」と清水戦後に語っていた。

右足キックへの揺るぎない自信

エミル・サロモンソン
【写真:Getty Images】

 サロモンソンのキックフォームを見ると、振りかぶった右足を地面と水平に滑らせるようにしてボールの下に入れ、インパクトの瞬間にインフロント(親指の付け根あたり)でボールを擦り上げるようにして回転をかけている。矛盾しているようだが、横方向と縦方向のエネルギーを同時にボールに伝えるようなイメージだ。

 そうすることで右から左に大きくカーブをかけつつ、ドライブ回転によってボールを地面に押さえつけるような力が働くのではないだろうか。「蹴り方は世界中のベストプレーヤーたちを見て学んできた」と、サロモンソンは言う。フリーキックを蹴る後ろ姿には、「右足版の中村俊輔」を彷彿とさせる雰囲気がある。

「フリーキックに関しては、選手たちも監督も全員が自分のことを信じてくれているのはわかっているので、自分のベストを出せていると思う」

 スウェーデン代表で8試合の出場歴を持つ31歳の右サイドバックは、周囲からの信頼も自信に変えながら、セットプレーに臨んでいるようだ。

 日本にやってきてからのキャリアは決して順風満帆ではなかった。広島時代の2019年は序盤戦こそレギュラーとして活躍の場を与えられていたものの、同年5月に股関節を痛めて長期離脱すると、復帰後は出場機会が激減してしまった。

 当時のことを振り返ったサロモンソンは地元スウェーデンのメディア『SPORT BLADET』のインタビューの中で次のように語っている。

「たくさんの試合に出場していたけど、身体は『ノー』と言ってきた。5月末に浦和レッズと対戦した時、股関節が痛んで交代しなければならなかったんだ。振り返ってみると、もっと早くハンドブレーキを引くべきだったと思う。だけど、全てがうまくいっている時に立ち止まるのは大変だった。

それから数ヶ月経って復帰した時、チームはシステムを少し変えていた。なかなか結果も出ておらず、ACLでも敗退し、新たな戦い方を模索しているところだったんだ。僕が担っていたウィングバックのポジションは、それまでサイドバックの役割に近かったけど、復帰した時はむしろFWに近いプレーが求められた。そして、(レギュラーに)全く戻ることができなくなってしまった」

「罪悪感」すら覚えた1年目を乗り越え…

エミル・サロモンソン
【写真:Getty Images】

 北欧でしかプレー経験のなかったサロモンソンはJリーグ独特のサッカースタイルや日々のトレーニングなどに適応しなければならなかったが、困難はピッチ内にとどまらず、ピッチ外にもあった。

「大変な時期だったね。ベサルト・ベリーシャが退団したことでチーム内に話せる選手が1人もいなくなってしまった。他の外国籍選手は、日本人選手たちと同様にほとんど英語を話せなかったから。自分で日本語を勉強しようとしたものの、教科書を使って勉強するだけで会話に入っていくのは難しい。日本では誰と話すかによって礼儀のレベルを調整することが必要になるので、僕はそれを正しく理解することの難しさにも直面した」

 ピッチ外で孤立し、ピッチ内では自分の持ち味を生かしきれない状況に、「罪悪感を覚えていた」とも語っている。広島ではリーグ戦19試合出場2得点2アシストと、満足のいく結果を残せなかった。

「外国籍選手としてチームを引っ張ることが期待されていて、他の選手よりも少し優れているだけでは十分ではない。チームメイトよりはるかに優れていることが期待され、別の基準で判断される。僕は自分自身のためにも正しいことをしたかったので、罪悪感を覚えていたよ」

 サロモンソンは初めての海外挑戦で、ピッチ内外の困難に見舞われ、悪循環にはまってしまっていた。その悪い流れを断ち切ったのが、アビスパへの移籍という決断だった。監督やチームメイトたちから全幅の信頼を寄せられ、過密日程のなかでもコンスタントに高いクオリティを発揮し、結果も出しててアビスパのJ1昇格に貢献した1年は「全てが楽しかった」という。

 負傷による離脱期間や昨年の新型コロナウイルス感染拡大にともなうリーグ中断期間を利用し、様々な場所に足を運んで日本の魅力にも触れた。原爆ドームや姫路城など、訪れた場所を自らのSNSで積極的に発信し、今ではサッカー以外の日本の文化や環境にも完璧に適応している。

 取材時にも「お疲れ様です!」「ありがとうございます!」など、サロモンソンは非常に流暢な日本語で我々メディアを驚かせてくれる。日本でのプレーは3年目になり、おそらくチーム内でのコミュニケーションにも問題はなくなっているだろう。

「右足の精度は自分にとって最大の武器で、非常に自信を持っている。僕はフリーキックもコーナーキックも、クロスを蹴るのも大好きなので、自分の右足でチームを助けられればすごく嬉しい」

 サロモンソンはアビスパがJ1残留を果たし、目標である中位で1年を終えるための最も重要な選手の1人に違いない。自分のパフォーマンスに対する自信を取り戻し、最大限の力を発揮できる環境も得た31歳の右サイドバックが、Jリーグ最高級の右足で幾度となく見る者の度肝を抜いてくれることを期待したい。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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