横浜FCの新守護神ブローダーセンが語る底なしの日本愛「もっと日本を知り、日本人に近づきたい」【インタビュー】

2021年09月23日(Thu)10時00分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images, Zoom
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「Jリーグ移籍のために動き始めたのは…」

スベンド・ブローダーセン
【写真:Getty Images】



――ドイツ代表として東京五輪に出場し、そのまま日本に残って横浜FCでプレーし始めました。Jリーグへの移籍が先に決まっていて、ドイツ代表に選ばれたのか、あるいはドイツ代表への招集が決まってから横浜FCと契約したのか、改めて移籍の経緯を教えてください。

「東京五輪出場が横浜FC移籍に深く関わっていたわけではないんです。Jリーグ移籍のために動き始めたのは昨年12月のことでした。リオに相談して仲介人とともに半年前から準備を進めてきました。もともと東京五輪に向けたドイツ代表のラージグループ(招集候補リスト)には入っていて、横浜FCとの契約にサインした後、正式に五輪出場メンバーに選ばれて、来日することになりました」

――スベンド選手にとってドイツ代表の一員として戦った東京五輪はどんな経験でしたか?

「五輪というのは全てのアスリートにとって夢の舞台だと感じていました。選手村には、自分の部屋を出たら他の国の様々な競技の選手たちがいて、いろいろな話を聞くだけでも素晴らしい経験になりました。世界中のあらゆる競技の選手たちが集まり、そこにはすごく平和な空気があって、みんなが『国の代表として集まっているんだ』という気持ちがよく現れた場所でもありました。もちろん僕は男子サッカーのドイツ代表として参加しましたが、他競技のドイツ代表選手たちとも手を取り合って、自分たちが1つのチームだと感じることもできました」

――Jリーグにはアンドレス・イニエスタ選手やトーマス・フェルマーレン選手もいますが、彼らは選手としての全盛期を過ぎたベテランです。20代前半にヨーロッパの強豪国から日本へ移籍する選手は決して多くありません。スベンド選手はなぜ、24歳というタイミングでヨーロッパを離れてJリーグ挑戦を決断したのでしょうか。

「ドイツで6年間プロを経験し、他のクラブの選手などとも話をするなかで、GKのトレーニングなどはヨーロッパだとどこもあまり変わらないと感じていました。なので、何か新しいものを学びたいという思いが常に頭のなかにありました。また、ザンクトパウリは2部リーグのクラブだったので、1部リーグでプレーしたい気持ちが強かったんです。

もちろんヨーロッパでプレーを続ける選択肢もありましたが、1部リーグでプレーできる環境と、昔から興味のあった日本でプレーする可能性を探るなかで、横浜FCとの契約に至りました。Jリーグに来て、自分が思い描いていたキャリアを送れているので、自分の決断にはすごく満足しています。僕はまだ24歳と若いので、いろいろなものを吸収できるという意味でも、この年齢で日本に来ることが重要だったと思います」

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